意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

チェーホフは良い

ここのところ小説をあまり読んでいなくて小説を読むというのも続けないと筋肉のように衰えてしまうのか昨日ひさしぶりに「寓話」を読んだら何が面白いのかわからなくなっていた。山下志津のお母さんが手紙を寄越した場面でお母さんは怒っている。何を怒っているのかというも山下志津の父親小島信夫であるというのを小島信夫が暗に肯定してしまったことでお母さんは「ぜんぜん違う」と否定するのである。その後山下志津本人から手紙が来て「私はどっちでもいいしどっちでもいいのがベストだ」みたいなことを言い当の小島信夫はここのところ目が悪くなって助手に手紙を読ませていて手紙の中には「ここのところ目の具合が悪いそうですができれば私の手紙は小島さん本人が読んでほしい」とか書いてあってすっかり気を悪くした助手はとちゅうで読むのをやめて帰ってしまった。折しも小島の目は良くなってきていて結局自分で読むのであった。話としてはめちゃくちゃでこんなものが小説なのかと思うが意外と読めるのである。


しかし読めればなんでもいいというわけでもないので一昨日に本屋に行って本なんか買いたくなかったがとにかく本屋をぶらぶらしようと思って大きい本屋に行ってそこは車で40分くらいかかるからとちゅうで帰ろうか帰ろうかと思いながら団子屋の前を通りそこは本店だったがお盆だから閉まっていて店舗はちいさく建物の側面にくっついているプロパンガスのタンクもちいさくてずんぐりむっくりしていてこんなところで若い売り子が一日中団子を焼いていて人生を恨んでいないか心配だ。私だったら恨むがだいたいの子はあっけらかんとしていて家帰ったらドラマを見るとか週末は友達と遊ぶとかそんな風に一生は目減りしていくのだ。


本屋についてチェーホフをぱらぱらめくったらやっぱりチェーホフはすごいと思い何がすごいのかと言うとひとつの文章が短くてすごい。ひとつの文章を短くなんてブログの指南書にも出てきそうな文句で陳腐だが短いとリズムが生まれて良いね。よくところどころを極端に短くしてあとはだらっとして緩急つける小説みたいなのもあるがピッチャーじゃないんだからと思う。世のピッチャーがみんなそうだとは言わないが緩急をつけるなんて自意識過剰である。自意識が悪いとは思わないが読んでいるほうに意識させるようではダメだ。