意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

年末腰痛

ここのところまた腰が痛くなった 何かを持つよりも前屈みのダメージがひどく私の上半身がなければすぐに全快するだろう 甥がきていて甥を持ち上げなければならぬ 私が「腰が」と言っても気遣う人はいない 本格的に動けなくなるまで誰も私の腰痛には気づかないだろう それが理不尽だとは思わない 現に義父が風邪を引いたのか寝込んでいて昨夜は熱が38度あったらしい それでも今朝は仕事に行った 私は動けるんだから大丈夫なんだろうと思った


もちろん「無理して長引かせるよりしっかり休んで回復に努めるほうが長期的にはプラスだ」と持論を展開したい気持ちもあるがそんなことができるのはせいぜい同じ仕事の自分よりも立場が下の人だけだ 義父は「俺が行かなきゃ駄目なんだ」みたいなことを言ったそうで私は70歳になってもそういうセリフを吐かねばならないのかと空しくなった 私の人生に目標があるとするなら自分の不在に耐えられる自分になるということであるがそれはかなり実現が困難だ 誰だって周りに一目置かれたい しかしひょっとしたら死ぬまでそういうことに悩まされるのかと思うと空しさしかかんじない