意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

黒電話

耳鼻科に行ったら黒電話があっておどろいた 細かく正確に言うと耳鼻科でもらった処方箋を携えて薬局に行くと子供コーナーに黒電話が置いてあった つまりそれは遊具であったが子供ナイズされたわけではなく誰かが使わなくなったものを持ってきたというかんじであった 私も子供の頃は黒電話があってそれは小学高学年くらいにはプッシュホンになった 私の家はビデオデッキやリモコン式のテレビを導入したのも遅く電話にかんしても少なくともプッシュホンについて「初めて見る」というかんじではなかった 友達の家やドラマなどではとっくにプッシュホンだった しかしダイヤル式を使ったのは良い経験だったと思う 小さいころからこの機械はどのような仕組みで我々の入力する番号を識別するのか不思議でならなかった 私は幼い頃はラジオを分解するくらいには仕組みにはうるさい正確だった しかし電話にかんしてはお手上げだった 最初ダイヤルの番号についた穴に指をつっこんだときにセンサーが反応するのかと思ったが人によって指をどこまで入れるのかは違うからすぐに間違いだと気づいた その後母などが「ダイヤルをまわすときは必ず穴に入れた指がおしまいの金属にぶつかるまで回せ」と言っていたからこのおしまいの金属に静電気でも流れているのではないかとか考えたがそのうちプッシュホンになったからそれ以上は考えなかった 家に来たプッシュホンはしかしデジタルではなくボタンを押した後から番号の数だけ「ツツツツツ......」と音がしてそのタイムラグが私の緊張度を高めた そういえば電話をかけるのはとても勇気のいる行為だった


電話をかけるのはたぶん今でも苦手であるが最初の仕事のときにずいぶんとかけさせられたからそういう気持ちはだいぶ麻痺してしまった ホリエモンとか今時の人は電話は非効率的というが私はメールだと文章を考えるのが億劫でそういえばなぜ電話はある程度その場で考えながら喋っても許されるのにメールはきちんと形にならないとダメダメなんだろう 礼儀とかそういうことじゃなくて構造的に 電話は苦手と書いたが仕事等でかけるときは「これは本当の俺じゃない」と言い聞かせてかけている