意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

知識や思慮深さが足を引っ張る場合

そういうタイトルの記事を数日前に書いた気がする 会社の人のことを考えながら書いた しかし同時に現代の頻繁にインターネットをする人たちのことも考えていた おそらくそれらの人たちも頭の良さが足かせになっているのではないか


つくづくいい加減さがなければ生きていくことが難しいとかんじるここ数ヶ月であった いい加減とはいい加減だから定義してはいけない あるいは「割り切る」という表現をする人もいる 許されるだけ視野をすぼめて目の前のことしか見ない 他人の言うことに耳をかさない 可能な限り自動操縦モードでこなす


ものを知らないというのは間違いなく不自由だが知識はやはり自由を奪うのである 何かを選択し選択しないとは踏み込まないことである