意味をあたえる

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歩道橋(2)

由真のメールは夜遅くにきた。気づいたのは翌日の昼過ぎでさまざまな宣伝のメールを削除していた中に由真のメールは埋もれていた。最初は迷惑メールかと思い、どこかに誤タップをねらったURLがあるのではないかと警戒したが、そういうものはなかった。「あなたが大学時代に知り合った矢崎由真です」とあって、読み進めると間違いなく私のかつての知り合いであることがわかった。
以下、由真からのメール。


「福園さん

こんにちは。わたしはあなたが大学時代に知り合った矢崎由真です。もう10年以上会っていませんが、お元気ですか? あるいは、あなたはわたしのことなどとっくに忘れてしまったのかもしれませんが。であれば、この先は読まなくても結構です。ただ、これじゃあわたしが本当にあなたの知っている矢崎由真かどうかわかりませんよね? 同じ名前を騙った迷惑メールという可能性もありますし。

わたしとあなたは大学時代に、バイト先の学習塾で知り合いました。元々わたしのほうが一年早く入っていて、後からあなたが入ってきたのでした。確か梅雨前だったと記憶します。年もわたしが一つ上でした。H市の旧道の、中古車屋の隣にあった塾でした。今は塾はもちろん、釣具屋もつぶれてしまっています。その向こうのカラオケボックスは老人介護施設になっています」

ここまで読んで私はメールの主が、私のかつての知り合いである矢崎由真であることを確信した。私の家は旧道を少し行って五差路を越えたところにある。由真の家は逆方向の駅よりにあった。そばには大きな公園があった。私たちの家は決して離れているわけではないが、学区の関係で同じ学校になったことはなかった。

「どうして突然メールを送ったのかというと、わたしはあなたがこの前公開した「十字路」をたまたま読んだからなのです。実はわたしはあなたのブログを以前から読んでました。驚きました? おそらくあなたはブログについては、家族を含めて誰にも教えてないと思っています(自分の周りに文章を読む人はいないと何度か書いています)けれど、まったくゼロではありませんよね? 何人かはいたはずです。その人から福園さんのブログの存在を教えてもらいました」

由真の指摘の通り、私はブログについては何人かにURLを送っている。人づてにそれが由真に伝わっても、なんら不思議ではなかった。ただ、私はまともに読む人などいないと思っていた。読んでもらった人の中には感想を送ってくれる人もいたが、大抵は「毎日更新してすごいね」とかそんなのだった。そう言ったうちの誰が由真に私のブログのことを教えたのか、見当もつかない。私がブログを書き始めたのは5年前で、そのときは由真ももちろん、共通の友人ともすっかり疎遠になっていた。

「あなたの文章を読むと、改めて独特な人なんだなあと思うと同時に、懐かしい気持ちがしました。喋っている口調がそのまま文章になった感じがしました。わたしはかなり熱心な読者なんですよ。たぶん全部の記事を読んでいます。だから、これはもう何年も前の話ですけど、あなたが「すべての努力は自己満足」と書いて炎上したことも知っています。わたしは、もちろん共感するぶぶんが多かったんですけど、なんか福園さんもイライラしてるみたいで、心配だなあと思いながら読んでいました。お父さまの障害者施設のことを話に出したおかげで、「そこに入れられている障害者が不幸。行政はきちんと仕事をすべき」なんてコメントをつけられてしまいました。

しかしあなたはそういう数々の非難をまるで無視して、翌日にはまったく別の記事を書いてましたね。「ドレミの歌」の替え歌でしたっけ? わたしは「福園さんてすごいなー」て改めて思いました。あまり面白くはなかったですけど。
なので、私はあなたが2年前にS区の工場に異動になって、かなり大変な思いをしているのも知っているのですよ。湘南ナンバーの車を乗り回している課長さんもよく知っています。あなたは課長さんのことを、「何も考えていないと早くから宣言しているが、本当に何も考えていない、空っぽの人」と相当嫌っていますが、腹の底では彼の能力を認め、あるぶぶんでは尊敬していることがよくわかります。これもあなたがよく言うことですが、「嫌いと好きは関心がある点では同じ、だからすぐひっくり返る」ということでしょうか? 本気であなたを気遣ってくれる、仲の良いパートさんもいるみたいで、わたしは、福園さんはキツいキツいと言うが、案外充実してるじゃないか、なんて思ってしまいます。
何にせよ、わたしはあなたには二度と連絡をとらないと決めていました。けれど、あなたの「十字路」を読んだら、どうしても言いたいことがあったので、こうしてメールしたのです。

少しひとりで書きすぎてしまいましたね。ここまで書いて、読んでもらえてなかったら空しいので、ここでいったん切ります。この続きはお返事をいただいてから書くことにします。福園さんも、わたしに対して思うところがあると思うので、返事をどうするかはあなたにお任せします。手紙って不思議ですね。相手がいなくても、なんだかおしゃべりしたみたいな気になります。

そうそう、肝心のことを書くのを忘れていました。
「十字路」の笠奈はわたしのことですね?」