意味をあたえる

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夏目漱石

最近他の人のブログも読むようになり、そうしたら夏目漱石について書いてあるブログをみつけ、私も以前はよく読んでおり、そのブログには夏目漱石の作品の目録もあって私は少なくともその内の半分は読んでいることがわかった。以前読んでいるときは、いずれ全部読むだろうと思っていたが、今はわからない。

私は小説も書いていて、それは高校時代を除けば30歳を過ぎてから書き始め、初めは800字から書けても2000字がせいぜいで、もっと長く書きたいなーと思っていた頃に、漱石の小説はとても参考になり、40000字くらい書きたいと思えば、それくらいならあまり苦労なく書けるようになった。しかし、私はある意味では小説を誤解してしまったかもしれない。

1番好きな小説は「文鳥」という短編で、これは漱石が友達に文鳥を買わないかと持ちかけられ、やがて買った文鳥が死ぬという話だった。私はこれ以降どこが面白かったについて書かなければならないが、どうも今はうまく書けそうにないので遠慮する。

それでその文鳥について私は新潮文庫で読んだのだが、夏目漱石じたいはとても古い作家であるが、本じたいはまだまだ新しい印刷だ。しかし私はそれをブックオフの中古を買ったので、やはりいくらかは古いのである。ブックオフの店員は黒いエプロンを身につけている。かつてこのブログによく登場したB男は、ブックオフに勤めていたと聞いて、私は知らない内に彼と会っていたのかもしれないと思ったが、彼がバイトしていたのは大学時代だった。そのあとB男は卒業しても働きもせず公務員の予備校に通い、しかしついに公務員になることはできなかった。

話を文鳥に戻すが文鳥がおさめられている新潮文庫(文鳥新庫)には、夢十夜という作品もあって、それは漱石が見た夢の話で、ある日漱石はどこかの寺の門の前かどこかで仏像の彫り師にあって、彫物について聞くと、例えば観音様になる木というのは、初めから木の中に観音様が眠っているから、そういう木を見つけてくればあとは勝手に観音様になる。だから彫り物は彫る技術を磨くのではなく、観音様がいる木を見つける技術を磨くことが正しい、というエピソードがあり、私は初めてそれを読んだときに、すぐにその考え方が好きになった。ちなみに初めて読んだのは中学か高校のときの国語の文章題の本文で、学校の低下テストでは教科書からしか出ないから、学力テストとか模試とか、そういうのだろう。しかし私は長い間それを芥川龍之介のエッセイかなにかかと勘違いしていて、ブックオフに行ったときに芥川龍之介をチェックしても、ちっともそれにぶつからないから、よほどレアな文章なんだと諦めていた。