意味をあたえる

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iPhoneで文を書くことのススメ

※私は、タイトルにiPhoneとか入れるとアクセス数が一気に増えそうなので、そういうことを書いてみる。

 
私はもう数年前から小説にしろ、それ以外にしろ、文章の類いは全てiPhoneで書いていて、年々書く量は増えている。最初は下書きとか、メモのつもりだったが、いつからか、メーンになった。そうしたら、少し前にも書いたが、小説家の山下澄人さんという人の小説が私はとても好きでファンなのだが、この人もiPhoneで小説書いているというのをインターネット上のインタビューである日知って、私は嬉しく思ったが、同時にちょっと残念なぶぶんもあった。
 
iPhoneで文章を書くメリットとか、そういうものについては、箇条書きにするのか、このまま文の中で主張していくのかは、今のところ決めていないが、書き始めるまでは、頭の中では箇条書きのイメージであったが、このまま地の文でもいけそうなので、いけるところまで書いて、駄目そうだったら箇条書きに切り替えることにする。
 
iPhoneの良いところは、書きづらいところにある。まずは疲れやすく、とは言っても、iPhoneは軽いからクッションの上にごろんと寝転がったり、ベッドの上でも書けるから、また、ノートPCよりもずっと軽いから、実は疲れにくいかもしれない。私の部屋は座敷なので椅子はなく、PCもちゃぶ台の上に乗っているから、あぐらをかいて画面に向かうことが多く、私は腰があまり良くないこともあって、実は結構しんどいのである。しかし、腰の調子にかんしてはここのところは良い状態だ。喉元過ぎれば熱さを忘れる、という慣用句があるが、良い状態が続くと、まるで何年も前からずっと調子が良かった気がしてくるが、よく考えると、8月の終わりくらいはあまり良くなかった。筋肉痛だ、と自分に言い聞かせて乗り切った。前行ってた接骨院は、院内音楽として、ジブリのオルゴールバージョンのCDをかけていた。ドラクエのサウンドドラックもかけていた。いや違う。先生がドラクエ10をやっているよ、という話をしたのだ。先生、というと永久に自分よりも年上な気がしてしまうけれど、実際は違って、ちゃんと確認はしていないけど、この人は年下くさい。あと、一時期私はフットサルをしていたが、そのときの仲間が弟の同級生なのだが小学校の先生で、私はとても不思議な感じがした。しかもその人は当時の志津の担任と同期で顔見知りで、私はいよいよ志津の担任を「先生」なんて呼びたくなくなってきた。そういえばネモちゃんの去年の担任もまだ20代半ばで、そのころ私の会社に来ていた派遣の男の子と同い年て、派遣の男はもう何をやらせてもダメな感じだったから、そういうイメージで三者面談に行ったらとてもハキハキ喋るから、私は椅子から転げ落ちそうになってしまった。これは比喩とか、大げさな言い方ではなく、実際私が腰掛けたのは、普段幼稚園児たちが座る小さな椅子で、足に力を入れないと、すぐにひっくり返ってしまうのである。机もとても低く、私たちはなんだかおままごとをしているようだった。
「なんか、通路が途中、通行止めになっていましたね、被害とか大丈夫でした?」
「もう大変でしたね。夕方から、すごかったじゃないですか?」
「あの日帰れました?」
「あー4時頃出て。なんとか。橋とかすごかったですね」
「じゃあ良かった。僕なんか途中で車乗り捨てました。セブンイレブンの前。でもセブンイレブンそのとき改装中でやってなかったんですよ。とても繁盛してるみたいで。だからそのときは駐車場も封鎖されてて、仕方なく交差点の脇に停めました」
「でも、子供は大喜びでしたよ。ネモちゃんも、ソリでいっぱい滑って。仲良しの、ひーちゃんとふーちゃんがいるんですけど、ソリの上に雪を乗っけて、運ぶの好きなんですよね、子供って」
「家でもそうですよ。かまくら作って。(iPhoneでとった写真を見せる)」
「あーすごい」
「こんなに降ったの久しぶりですからねー」
「わたしが子供のころはもうこんなに降らなかったですよ。温暖化で。降ってもこののくらいしか積もらなかったです。その代わり水不足もあんまりなかったですね」
 
水不足、というと、私は自分の家の庭の花壇を思い出してしまう。洗濯機とか、お風呂の水を、花壇にまいたらいいんじゃないかと思ったからだ。しかし実行はされなかった。