意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

缶バッチ

畳の上に缶バッチが落ちていて、私はそれを一瞬ゴキブリと見間違う。私はそのときクッションの上で本を読んでいて、夕飯の後であり、夕飯のメニューはシチューだった。シチューにはジャガイモが入っていなくて、代わりに茸がはいっていた。ジャガイモの入っていないシチューを食べるのは生まれて初めてだった。しかし、茸が入っているシチューは食べたことがあるから、茸はジャガイモの代わりにはならい、文章の構成において。

茸、とさっきから漢字で書いているが、これがもし手書きだったら私は、そんな漢字は知らないから、キノコ、とカタカナで書くだろう。茸、と書いてみると、筍、と読みそうになる。今筍も表示させてみたら、やはり全然違う字だ。ところで漢字の話ばかりすると、だんだんと自分が武田鉄矢にでもなったかのような気がしてくる。私は特に武田鉄矢には恨みはないが、村上龍がなにかのエッセイで武田鉄矢を批判していて、それ以来自分が武田鉄矢っぽいと他人から思われるのではないか、と私は毎日じゃないにしろ、心配になるときがある。

繰り返すが私は特には武田鉄矢に恨みなどはないが、しかし、私は武田鉄矢の世代ではないからちゃんとは知らないが、その昔武田鉄矢海援隊というグループを組んでいて、自分を坂本龍馬に見たてて売り出していた、と聞く。そう聞くと、やはり大変浅はかな人なんだという気がする。

坂本龍馬については、昔勤めていた会社で、そこの社長が坂本龍馬の話になると途端に熱くなってしまう人で、あるときに尊敬する人はいるか? という話題になったときに、こちらが何か言う前に、
坂本龍馬とか言わないよね?」
とけん制してきた。私は実際は尊敬する人などいなかったから、
坂本龍馬尊敬する人はけっこういそうですね」
と話をそらすと、
「実際大したことないのにね」
と答えた。そのとき社長はノートパソコンに向かっていて、だから私の方など見ずにそう答えた。そのノートパソコンは前日に商談に行ったときに、エレベーターの前で落として、バッテリーが外れてコンクリートの上を手裏剣のようにくるくる滑っていったが、割れた背面をアロンアルファでとめたりしたら、翌日はちゃんと動いた。アロンアルファはそのときいちばん下っ端だった私が、コンビニまで買いに行った。コンビニは都内のコンビニにしては駐輪場が広く、会社のサヤマさんが、たまに自転車で会社に来ていたが、会社には駐輪場などないかは、コンビニにとめていた。サヤマさんは私よりも年下である。サヤマさんに限らず、社長も、それ以外の4名いる従業員も、みんな私よりも年下だった。だから私はたまに仕事をしていると、自分が彼らの保護者というか、世話人でもあるかのような錯覚に陥ったが、実際は下っ端だから、電話もいちばんに取らなければならなかった。

「お電話ありがとうございます、アンタレスジャパン飯山でございます」
「レナード藤岡です。社長は?」
「社長は、ただいま少々混み入っておりまして、後ほどかけ直させていただきます」
「ふざけんな、早く代われよ」

社長の手がふさがっているのは本当で、それは強制リセットされてしまったサーバーを復帰させていたためで、そのサーバーの中にはレナード藤岡の顧客のサイトも入っていた。サイトが急に表示されなくなって、藤岡が怒って電話をしてきたのだ。藤岡は夢にも思っていないだろうが、サーバーは社内の窓際のラックの上に置かれていて、社内、と言ってもそこはマンションの一室だった。藤岡にはライブドアレンタルサーバーに置いてある、とウソをつき、毎月のレンタル費用も徴収している。

だから私は藤岡に詰め寄られたら「ライブドアに問い合わせています」とか言わなければならないが、藤岡は短気だから、下手なことを言えば、自分で問い合わせる、と言い出すから、私としてもウソはあまりつきたくないから、やはり気は重い。