意味をあたえる

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記憶の石(2)

5アサガオの種は、植木鉢の土のところに、人差し指の第一関節までを突っ込んで穴を開け、そこに撒くという指示だった。その頃になると私たちは坂を登り切っていた。教室の前の廊下から一段下がったところにいつも体操のときの並び順で鉢を並べ、鉢は全員が青であるから青一色になるはずだが、乱暴者の鉢は置いた際に細かい土が鉢のふちにかかり、ノイズのようになっていた。私たちはコンクリートの地面の中庭に腰を下ろし、しかしお尻をつけたら汚れてしまうからお尻をつけないように、との指示だった。コンクリートは大きめのタイルのように敷き詰められていて、ところによってはタイル同士の隙間が大きくなっていて、下の土が見えた。下の土は湿っていて、そこに指を突っ込む子供もいた。茎の硬い草が生えてくることもあり、それを抜くのが先生たちの仕事だった。先生は、しかし大半が女であるから、雑草の上の部分しか抜けず、根っこは残ったから、またすぐに草は生えた。

6担任の名前は福田先生と言って、一段高いコンクリートの通路の上で指示を出すのもこの人だった。福田先生は今年専門学校を出たばかりの新米で、しかし私たちのほうこそ人類の新米のようなものだったから、新米教諭とそれ以外の区別はつかなかった。私は当時は体が大きかったから、列の一番後ろになり、アサガオの種の説明では一番右端になったから、あまり先生の声が聞こえなかった。福田先生はまだ一年目だったから、あまり声が通らなかった。だから、私は本当は第二関節、というところを第一関節と聞き違え、だから本当は私の芽が一番最初に出たのだが、夜のうちにカラスに食べられたのかもしれない。私はそんなことを考えながら隣の鉢の双葉を眺めた。隣の鉢は乱暴者の鉢で、ふちには土の細かいのが振りまかれていたが、それはすでに乾いていた。私はコンクリートの上に敷かれた、すのこの上にしゃがんでいた。すのこは少し反っているのか、端のほうを踏むと音がした。私の鉢のすぐ脇には水道があって、水道は二つあり、私たちは喉がかわくと、蛇口を上に向け、そこに口をつけて飲んだ。小学校になると、口をつけると汚いと言われたのでやめた。

7福田先生は新米なので私の芽だけが出ないことまでは、頭が回らなかった。年長組は全部で四組あり、福田先生以外はみんな27歳で仲良しだった。私はとりあえず母に相談してみることにした。母は
「お父さんに相談してみる」
と答えた。

(つづく)