意味をあたえる

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記憶の石(4)

16私が目を覚ますと、息子はまだ家にいた。私は毎朝7時40分に目を覚まし、8時25分に家を出る。勤め先までは、車ででだいたい20分の距離がある。私は白いトヨタ製のセダンに乗っている。それはトヨタに勤める弟から購入したものだ。息子の幼稚園のバスは、8時7分に迎えにくる。私が食卓につくと、息子は朝ごはんを食べていた。朝ごはんはアジのひらきで、私の分も用意してあった。茶碗はまだ空で、私の黒い箸が中に入っている。息子はテレビに夢中になって、ご飯は半分以上残っていた。テレビはマジンガーZを流していて、マジンガーZは腰から翼が生え、空を飛んでいるところだった。息子は翼は肩にあった方がかっこいいと思っていた。


17私はさっきまで息子が小学生になっている夢を見ていた。小学生の息子は、7時15分に家を出る。私はその時間には起きていないので、朝息子に会うことはできない。夜も遅いことが多いので会えることは少ない。昨晩も夜10時過ぎに帰ってきたら、息子はもう寝ていた。寝ているのはまだ幼稚園児の息子だ。小学生の息子は、10時まで起きる。学校で流行ってるテレビ番組を観るためだ。私が家に帰ってプロ野球速報を見ていると、妻に息子のアサガオが咲かないことを知らされた。


18私が朝ごはんを食べ終え、支度をして外に出ると、父もサンバルを履いて後から出てきた。私はそのあとに母も続いて出てくるものだと思い、玄関の引き戸を見続けていたが、それは閉じられたままだった。父は私をガレージまで連れて行った。ガレージは本来は車を入れておくものだが、私の家の場合は物置となっていて、車はガレージの前に雨ざらしで停められている。父はシャッターを半分まで上げ、かがんで中へ入って行った。私も真似をしてかがむと、中は薄暗く、ついていこうという気持ちは一気に萎えた。一番手前には空気のほとんど抜けたサッカーボールと宇宙刑事ギャバンが描かれた自転車が置かれているが、父はもっと奥へ進んで行った。壁にはひとつだけ窓があるから、どうにかその背中が判別できた。父は壁際にある机の引き出しを開いて、何かを取り出している。その向こうには戸棚とベッドがある。それらは引っ越す前に使っていたものだと、あるとき母に教えられた。以前シャッターが全部開いていたときに、私は中へ忍び込んだことがある。そのとき一式揃った家具を見て、私はこれが誰の部屋であるのか疑問に思った。私はベッドをトランポリンに見たて、土足のまま上に乗って飛び跳ねた。私が住んでいる家の方には布団しかなく、ベッドはとても珍しかった。すると母が飛んできて外に出され、すごい剣幕で怒られた。

「靴のまま上に上がるんじゃない」

それからシャッターはぴったりと閉じられるようになり、シャッターは私の力ではとても持ち上げられなかった。もしかしたら鍵もかけられていたのかもしれない。


19ようやく出てきた父の右手はゆるく握られていて、中には丸められたティッシュが入っていた。明るいところに出ると父はティッシュを広げ、中には黒いにおい玉のようなものが3つ入っていた。アサガオの種だった。

「土ん中で腐ったんかもしれん。新しく蒔いた方が早い」

「指の第一関節まで入れたんだけど、本当は第二関節だったんかも」

「そんなに入れたら芽がでらんねえよ。軽くかけるだけでいいから」

私は肩から下げた黄色いバッグに種を入れた。父はそれを確認するとシャッターを下ろしてそれを足で踏み、そのまま家に入っていった。入れ替わりに母が出てきて、すぐにバスがやってきたのでそれに乗った。私はバッグを窓際の方に置き、外の風景を眺めたが、風景など何もなかった。


(つづく)