意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

予防接種に行ってきた

よく晴れていたが、昨日も晴れていた。上司は後部座席に座る私が寒くないか気遣い、私は寒くなかったので「大丈夫です」と答えた。帰り道は私が前に座ると、ものすごい熱風がスネにあたり、私は脇の下にたくさんの汗をかいた。

私たちは三人で車に乗っていて、三人寄るとひとりは残忍である、という格言にあるとおり、ほんとうはそんなものないが、「さんにんで」と文字をうつと予測変換は「残忍で」とばかり表示し、確かに世界の三分の一は残忍な人間であると、妙に納得してしまう。病院までは距離があり、通った道は私の通勤路で、だから私は私が会話をリードしなければいけない気がしたが、二人とも私よりも目上の人だから、私は少しはヨイショした方がいいよな、とか思い、途中には三階立ての豪邸があるのだが、そこに住んでいるのは中小企業の社長で、とにかく家のでかさが自分の力の誇示であるとか考えるような人で、これは召使いとかいなければ掃除が大変だな、と私は常々思っている。とにかく階段の途中に踊場がありそうな家だ。踊場さえあれば、自分は上流階級の人間の仲間入りとか考える社長なのだ。

またはこうも考えられる。家は大きく見せたいが、掃除は大変。それなら上げ底の考えを応用して、壁の厚さを1メートル、2メートルとかにすればだいぶ部屋は狭くなって掃除も楽だ。しかし夏は暑そう。とにかくそういう家があるから、比較的話のわかる上司Aに、
「Aさんの家もこんなもんですか?」
と軽口をたたこうと思ったが結局やめた。実際の上司Aは住宅ローン減税で、一年の所得税がほとんど全部戻ってくるような、ただの中間管理職なのだ。

帰り道では車庫証明の話でいくらか盛り上がった。

病院に到着して玄関をくぐると、いつのまにか見たことのある女が私たちにくっついてきていて、それは新人の神崎立った。神崎はまだ今年大学を卒業したばかりの新人で、新人だから、私たちと同行することは許されなかったのだ。私と上司Aは「いつのまに!」とかおどけたが、上司Bは神崎の直接の上司だから、黙っていた。というかBはどこかに行ってしまっていた。煙草でも吸いに行ったのだ。
「注射怖くって。筋肉注射ですよね? 痛いんですよね? 二の腕ですよね? 私怖いから花の中に隠れていました」
花の中ってミツバチかよ! と私は心の中でツッコミを入れてしまった。私の小学時代の帰り道には、確かにそういう花があった。赤か、黒の花で袋状になっていて、ミツバチをたやすく捕まえることができるのである。捕まえたら花ごともぎ取って、そうしたら友達は「つぶしちゃえ」というのだが、ミツバチの針が手のひらに刺さりそうだから、私にはできないのである。ところでその少し前に友達は史上最大のシャレを思いつき、私に教えてくれた。
「オシャレ」
と言いながら友達は首もとの架空の蝶ネクタイを直すジェスチャーをし、一方私は頭の中に、実験に使うシャーレを思い浮かべた。

聞き直すと神崎は「花の中」ではなく、「穴の中」に隠れていた。穴とはどこにあるのか教えてもらおうと思ったが、私たち三人のほうが先に終わってしまい、私たちはまだ診察室から出てこない神崎を置いて、そのまま帰った。