私はもう何年も同じコートを着ているから、しかもそれは結婚してすぐのころに妻が買ってきたもので、茶色で、その前に私が自分で買って着ていたコートも茶色だった。まだ大学生だった。結婚してすぐの頃は黒い衣装カバーも付属してきて、私はそれなりに気に入っていたが、それから何年も着ないうちに妻がフードについていたファーをなくし、それは着脱可能なファーだったからどこかがちぎれたとか、そういうのではなく、しかしそれによってコートはますます前のコートに似てきたので、私は興味を失った。そういえばどちらも同じブランドのもので、妻は一度その色と決めると、どんどん同じ色の服を買う癖があった。今までに黒のブームと、ボーダーのブームがあり、私はそのほとんどを今は寝間着として着用している。寝間着以外は処分した。
とにかく何年も前から私はコートを買おう買おうと思っていたが、買えないでいて、それはズボンを買ったり、カーディガンを買ってしまうせいだ。いいところまできても、晩秋に秋用のコートに一目惚れして買ってしまうこともあった。それで頑張って冬を越す選択肢もあるが、私の住んでいるところは寒いし、私も寒がりだから難しい。暑がりの人は真冬でもアロハシャツ一枚で過ごせるらしいが、その人は周りの目が気になって、やはりその上にコートを羽織るらしい。アロハシャツという衣類は、上に何かを羽織るという発想なんてないから、すぐに色移りしてしまいそうだが。
私は今年こそは買うぞと決心をし、その今年とは去年や一昨年のころの今年だが、そのときはクリーニングに出さずに、もう着ないつもりで次を買うからクリーニングなぞする必要はないから、夏の間も壁につるっておいた。そのときにもう捨ててしまえば良かったのだが、やはり雨の日などは、古いコートがあった方がいいし、あまり好きでない人と飲みに行くときなんかは、気合いを抜いた服で臨むべきだから、こういうのがあったほうがいい。そういう発想がよくなく、私のコートは、ついにクローゼットからも締め出され、部屋のインテリアと化した。
それで、今年こそはとやはりこの時期思うのだが、だんだん私の考えも変わってきて、アウターというのは、文字通り外で着るものなのだから、この時期は暗くなるのも早いし、そんなにこだわらなくてもいいんじゃないかと思っていたら、ターコイズのいい感じのを見つけた。ターコイズとは、水色と青を混ぜたような、そこに緑も足したような、色である。妻はLにしろと言い、私はMがいいと思い、羽織ってみるとやはりMが良かった。ところで鏡は出入り口のすぐそばにあり、出入り口と言っても、そこはショッピングモールであるから、口でも何でもないのだが、私は不意にこれを着たまま帰りたくなってしまい、あるいは突然健忘症にでもなってそのまま何食わぬ顔で店を出て、万引きと思われたらどうしようかと思い、とりあえず財布の入ったバッグを棚の上に置いた。とても軽い布に感じ、これでは冬を越せないかと思ったが、少なくともそのとき着ていた上着よりかは温かく、店は暖房が入っていたから、徐々にに素肌と服の間の空気が不快なものに変わり、私は段々と欲しくなくなってきた。そういえば私はターコイズのカーディガン、ターコイズのズボンを持っていて、私はそういう色が好きなのだろう、好きな色は? と聞かれればオレンジ色が好きだけど、そういう服は一枚も持っていない。以前は持っていた。とにかく、このコートを買ってしまったら、これを着ている日はカーディガンを羽織れないし、逆もそうだ。そうなるとやはり茶色も捨てられない。
私はとりあえず保留ということにして、店を出た。そこかしこでクリスマスソングが流れていて、私はプレッシャーを感じる。