意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

父について

私は数日前に努力についての記事を書き、それはたくさんの人に読まれたようだ。コメントもたくさんいただき、それは様々であったが、ひとつ、
「貴方のお父さんは報われたのですか?」
というものがあった。そういえばその記事は父親の話から入っており、終始「父が読んだらどう思うか」というのを意識しながら書いたものであったが、書き終わると同時に忘れてしまい、まるで私ひとりの出柄のように思っていた。

私はコメントをくれた人にそのことを返信し、「報われたかどうかについては、はい/いいえで答えたくないので改めて記事にする」と書いたのだが、記事にするつもりはあまりなかった。しかし、その後に「父はその後施設を追い出されました」なんて余計なことを書いてしまったから、コメントをくださった方は福祉関係の人らしく、「自分を重ねる」とのことも書いていたので、私は大変不誠実な返事をしたと思い、すぐに父について書こうと思った。

最初にそのことについて書くと、父はとある障害者の施設にずっと勤め、最終的に施設長になったが、外部から招いた理事長と施設の方針をめぐって意見がぶつかり、施設長を下ろされて閑職に追いやられ、去年の春にそこを去った。「施設の方針をめぐって意見がぶつかり」というのは私の創作であるが、当たらずとも遠からずと言ったところだろう。父の側に立てば、福祉の現場に企業の論理が入ってくれば、ぶつかるのは必至であるが、父の方にだってまるで非がないわけではない。

と言った具合に、書けば書くほどぼやけてきて、仕方なくテレビドラマのような設定を入れ込んで流れを取り持つ、というのが私と父の関係だ。私は自分が思うほどに父のことを知らない。おそらく母のことも知らない。

私はかなり大きくなるまで、父がどんな仕事をしているのかも知らなかった。母もはっきり教えてくれることもなく、
「先生」
と、ものすごく抽象的な言い方をしたこともある。私が
「学校の先生なのか?」
と訊ねると
「それでもいい」
と腑に落ちない返事がきた。しかし学校の先生でないことは、私にだってわかる。泊まりで帰ってこないこともあるし、夜中に電話がかかってきて、家を飛び出すこともあった。休日に家族で出かけ、
「挙動不審なやつがいたら教えろ」
と言われたこともある。利用者が逃げ出したのだ。

母は
「そういうことにしておいて」
と言った。それが単に両親が説明を面倒くさがった為なのか、それとも福祉の仕事に、当時は世間の理解がなかったのかはわからない。

ここで全く関係ないエピソードを挟むが、昔私の両親はNHKの受信料を払っていなかったが、あるとき徴収の人が、
NHK払わないと、お子さんが学校でいじめられますよ」
と言ってきて、それで払うことにしたらしい。なんだか私に責任があるような気がして、あまり愉快な気持ちではなかったが、そのあと私はイジメを受けるようになったので、イジメとNHKには、全く因果関係はなかったのである。

父については、また要望があれば、続きを書きたいと思う。