意味をあたえる

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金縛りにあった

2、3日前から腰が痛く、ひどくなってきている。しかし、動けないほどでもないし、幸い、今日は家族も出かけていてひとりだから、1日ごろごろしていた。洗濯物をたたみ、灯油を入れ、来週分の「西門」を予約投稿した。金曜日までやって、飽きた。手も冷えた。

昼食をとったあとに本を読み、そうしたらやがて眠くなったので横になったら、玄関のチャイムが鳴り、鍵はかかっていたし、部屋に灯りはついていなかったから、居留守をした。そうして、やがて、寝た。仰向けで寝るととても腰が痛いから、コタツとソファの間にくの字になって左を下にして横になった。正面に窓があり、それは大きな窓でカーテンは開いていたが、薄いレースの方は閉まっていた。レースのほうでは日の光を遮ることができず、だから私は体をちょっとずらして、太陽が厚いカーテンの影に隠れるよう調整した。私の顔が暗くなった、おそらく、目のあたりが。

そうしたら久しぶりに金縛りにあい、私は大学時代のころは、よく金縛りあった。私が初めて金縛りにあったのは中学か高校の頃で、そのときは確かに金縛りだったが、それ以降はただの夢だ。しかし、最近になって、
「金縛りとは、一種の夢だ」
という話を聞き、大いに納得できる部分があったので、夢でもなんでも金縛りである。

どうして夢であるのかと説明すると、金縛りとは、体は動かないが目は見える状態だが、その見える風景が、起きた後のと少し違うのと、頑張れば手足を動かしたり、移動も這ってできるのだが、ふっと気づくと元の体勢に戻っていて、
「ああ、これは夢だな」
と気づく。今日のはコタツとソファの間だったから移動はできなかったが、手を自分の顔の前にかざしてみたが、手は見えなかったので夢だとわかった。カーテンに隠れていた日がいつのまにか顔に当たっていて、まぶしい。私は、家の東西南北を考え、これは太陽の動きとして妥当なのか頭の中で検証したが、動けなくて不愉快なのですぐに中断した。

明晰夢、という言葉を知り、それは夢の中で自分が夢の中にいると自覚することだが、これは明晰夢であり、それならば、例えば空を飛んだり芸能人の服を脱がせたりできそうだが、私の場合はひたすら動けず手も足もでない。私の自己分析によると、この「金縛り」は、脳と体の覚醒のバランスが崩れたときに起きる現象で、簡単に言うと、脳は起きてるが、体が寝ているのである。だから、二度寝や昼寝したときになる。暗いときはならない。

そう分析してから、二度寝や昼寝はしないよう心がけた。大学の頃は時間があったから、寝てばかりいたのだ。そうしたら最近ではならなくなったが、たまになって今日もなった。

私としては、この不快な状態から一刻も早く脱したい。頭の片隅に、このままずっと動けないままかもしれない、という不安もあって、また「呼吸も少し苦しいな」と思っていると、本当に息苦しくなってくる。無意識との格闘である。ずっと幼い頃に、イトーヨーカドーの食品売場で迷子になる夢を見たことがある。鮮魚売場のおっさんや、カートを押していたおばさんが心配して近寄ってくれたが、私は急に
「これは夢である」
と気づいた。夢であれば、起きなければお母さんに会えないので、
「夢、さめろーー!!さめろーー!!」
と叫びながら腕をぶんぶん振り回したら、やがて目が覚めた。まだ暗かった。

だから、今もそうしたいのだが、残念ながら腕を振り回すことができない。仕方なく
「夢、さめてくれぇぇ!!」
と頭の中で唱えるのだが、ちっとも効果がない。効果がないのも知っている。いつもそうだが、自分とはまったく関係ないタイミングで、「はっ」と目が覚める。本当に「はっ」と覚醒する。体は極めて重く、だるい。

今回違ったのは、お尻の方でいきなり携帯のバイブが震え、それはauからのお知らせメールだったが、その音で目が覚めた。夢というのは、中からこじ開けるのは一苦労だが、外部の刺激にはとても弱いようだ。私はここで格好良く「それは○○のようだ」と締めたいところだが、いいのが思いつかず、夢の覚めるイメージから、風船が割れるところを連想したが、風船は中からでも簡単に割れそうだ。しかし、案外割れないのかもしれない。


こちらの小説でも夢の場面はあります。

※毎週月曜から金曜の午前8時に更新します。今日はおやすみでした。