意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

エロ本の、エロくない部分

近田さんの記事を今朝読み、エロ本について思いを馳せた。私は近田さんよりも年は上で、10代のころは比較的熱心にエロ本を買った。もちろん世代がどうこう言うつもりはない。買わない人もいただろう。私はAVよりもエロ本のほうが好きだったように思う。AVはストーリーがかったるいのである。学園もので、生徒がおっさんばかりなのは目を瞑るとしても、4、5人しかいないのは我慢できない。廃校寸前なのだろうか? 廃校寸前なのに新任の女教師がやってくるのだろうか? まあそういう雑な部分も、すべてエロにかき消されてしまうわけだが。

エロ本はもちろんエロを満たすためにあるのだが、エロとはあまり関係ないページもあった。例えば写真雑誌では、途中に白黒のコラムがあって、そこでモーニング娘。のファンのコーナーがあった。私がおぼえているのは、
浜崎あゆみは、本当に「もういいよ娘」と呼んだのだろうか?」
という見出しで、当時モーニング娘。ミニモニ。などの派生ユニットが活躍していた頃、浜崎あゆみは初のベスト盤を出した頃であった。事件は某音楽番組で一緒になったときに、浜崎あゆみモーニング娘。の楽屋を覗くとメンバーの態度がたいへん悪く、また、当時未成年だった加護だか辻メンバーが、煙草をふかしていた。浜崎がそのことを咎めると、逆ギレされ、うんざりした浜崎は、
「もうあんたらは「モーニング娘。」じゃなくて「もういいよ娘」だよ」
と、本人たちに言い放ったらしい。

こうして文字にしてみると信憑性のかけらもないが、コラムでは「この事件を徹底検証する!」と張り切っており、私のおぼえている部分は、そもそも浜崎ほどの才気あふれる人が、「もういいよ娘」なんて、センスのかけらもない呼び名を口にするのか? という疑問だった。だからそんな発言はなかった、という主張である。これこそ褒め殺しというやつだなあ、と今私は思った。

もうひとつは、エロ漫画雑誌にまったくそういうのがない、のほほんとしたエッセイ漫画があって、最初の頃はこんなの誰が読むんだよと思っていたが、割と面白いので、結構熱心に読んだ。私がおぼえているのは、あるとき作者が寝ているとすぐそばで誰かが喋っていて、うるさいと思って目を覚ますと、それは自分の寝言であった。漫画家は布団で寝ていた
。さらに手には電話を持っていて、電話はつながっており、相手はその漫画の編集者だった。打ち合わせをしていたのである。漫画家のほうは、それまで話していた記憶はまったくなく、それとなく編集者にさぐりを入れると、向こうは相手が寝ぼけていたなんて、夢にも思っていない様子。なんとかその場を取り繕うとした漫画家は、
「とりあえず今の内容を詰めてみて、もう一度電話します」
話をまとめて電話を切る。最後は顔中汗まみれになって、窮地に陥った風の漫画家の顔のアップで終わる。

しかしこうして漫画のネタになったのだから、窮地というほどでもなかったのではないか、と今になって思う。気持ちが落ち着いたら、もう一度かけ直して、
「すみません、寝ぼけてました。俺なんて言ってましたか?」
と笑いながら訊けばいい。それなのに「窮地」となったのは、編集者のプライドを守ろうとしたためで、総じてこの漫画家は優しい人なのである。

エロとはときに人を殺伐とさせるから、このような優しい漫画(記事)を読んで癒されろ、という雑誌側の配慮だったのである。

ところで、前述のモーニング娘。のコラムの方は、論調がなんとなく現代のブログっぽいなあ、と思った。


近田さんのブログはこちら、