意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

ズイショの目(敬称略)

さっきズイショさんのブログを読んでいたら、

「手が疲れるまで書く」

という風なのが出てきて、それを読んだ私は、以前保坂和志山下澄人の対談の様子をYouTubeで見たときに、保坂和志カフカのエピソードとして、

カフカは一晩中椅子に座って話を書き続け、朝になると膝が固まって立てなくなった」
と話していたのを思い出した。しかし私の記憶は相変わらず曖昧で、
「一晩中書き続けて、その足で妹の家に行って読んで聞かせた」
と言ってた気がする。膝が固まったのに、妹の家にのほほんと行くなんて、矛盾しているから、私の記憶がおかしいのだ。または、「妹の家」が何かの比喩なのかもしれない。比喩って英語でなんだっけ? 小説は比喩を楽しむものです。

だから、ズイショ=カフカという式が私の中で組み立てられ、そういえば、昨日いまださんの記事でも、
「みんな大好きズイショさん」
と取り上げられていて、大変妬ましかった。妬ましさのレヴェルとしては、文字にできる程度の妬ましさだ。

いまださんの記事では、ズイショ式ブログタロットカード判別法について言及されており、私も最初それを読んだときに、これは夢があるなあ、と思った。私がいちばん素晴らしいと思うのは、最後の方に、もし誰かに
「私のブログはどのカードですか?」
と訊かれたら、このカードと答えることにしている、と予防線を張っているところです。なんていうか、それは、ディズニーランド内には原理上複数のミッキーマウスが同時に存在するわけだが、敷地内の構造物を工夫して、ひとりの人が、同時に2人のミッキーマウスを見かけないような配慮、というのに似ている。文字にしたら似ていなかった。私は「配慮」という言葉からディズニーランドを連想しただけだ。

私のブログだって、じゅうぶんディズニーランド的なのだが。

ところで、さっき目さんのブログの回文で「感動のカブトムシ」というのが出てきて、これは、全くの偶然なのだが、今朝Eテレの0655という番組を観ていたら、アニメのカメ、鹿、カピバラ、カブトムシ、もう一つは失念したが、何かの脊椎動物が、順番に札を盛ってならんで行進をしているが、どこかのタイミングでナレーターが、
「涙もろい順に並べ!」
と号令をかけると、彼らの順番が変わり、なんとカブトムシがいちばんペケになってしまうのである。なぜカブトムシが鹿なんかよりも、後ろなのか、私には理解ができない。ちなみに一番はカメで
カメは出産の際に泣くから、ということだろうか。

しかし、目さんの回文を読んだらちゃんとカブトムシにフォローを入れてくださっており、私は目さんの懐の深さに感動した。

ちなみに涙もろい順にならぶと、札の文字が「がんばろう」となるのだった。