意味をあたえる

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教頭先生

私の小学時代の教頭先生は二人いて、最初の方は高齢の男で、額の皺が渋い感じのダンディーな男で、そのとき私はまだ低学年だが、その人を、
「話のわかる男」
と評価し、比較的なついていた。

ある日の理科の時間、それがもう何年のときだったか忘れたが、私たちはそれまで豆電球の授業を受けていて、一通り実験や研究が終わった後に、担任が教頭先生を連れてきた。教頭は担任に、いくつか質問をした後に
「そんじゃ机後ろに寄せようか」
と私たちに指示し、私たちは机を掃除の時間みたいに後ろに寄せた。「掃除の時間みたいだなあ」と私たちは思いながら、だらだらと音を立てながら寄せた。私たちが教頭の周りに集まると、まず教頭は自分の豆電球を取り出し、
「これをコンセントに突っ込むとどうなる?」
と二本のコードを左右の手に持って、質問をした。
「やばい」とか
「爆発する」
と私たちは答えた。女子たちは「危ないです」と答えた。私たちはそれまでの授業で担任に、
「コンセントの電気は強すぎるから、絶対に、豆電球の線を入れないように。危険だから」
と注意されていたから、知っていたのである。教頭は私たちの回答に満足そうに頷くと、いきなり自分の豆電球をコンセントに入れた。ぼんっという音とともに、豆電球は一瞬で真っ黒になった。
「こうなる」
と、黒こげの豆電球をつまんで見せた。もちろん担任は、教頭の行動を注意したりせずに、教科書を両手で抱えたまま、おとなしくしていた。私たちが同じことしたら、大目玉をくうところである。やはり教頭というのは、担任なんかよりも全然偉いんだな、と私は思った。

それから教頭は、それでは、豆電球を黒こげにせずに灯すにはどうするか、という話をし、それにはクラス全員のをつなげればいけるらしい。
「このクラスは何人だっけ?」
「34人です。でも、ひとり休みで、33人です」
「じゃあ、いけるかな」
教頭は、少し自信がなさげだったが、それでも教室内では最大の権力者だったので、誰も意見する者はいなかった。そして、クラス全員の豆電球をつなぎ、コンセントに入れると、クリスマスみたいに光った。

その後別の教頭がやってきて、そいつについても書こうと思ったが、長くなってきたから割愛する。

ところで昨日の運動会で、私と妻は裏門のすぐそばに席を取り、見ていたが、そこは徒競走のゴールのすぐそばで、数人の教師と決勝係の六年生が準備をしていた。やがてセッティングが終わったというところで、校舎のほうから校庭を突っ切って、ひとりの女教師が全力疾走してくる。よく見るとそれは教頭先生で、教頭は太っていて、上半身の肉を揺らしながら、苦しそうな顔をし、手を「下に、下に」と振っている。私は最初、何かのトラブルでもあったのかと思ったが、それは「かがめ」という合図であり、間もなく遅れてやってきた市長の挨拶が始まったのである。市長は王様のようだ、と私は思った。

そういえば一年前の入学式のとき、この教頭は司会進行をしていたのだが、来賓の挨拶をうっかりすっ飛ばし、そうしたら市会議員の男が、
「おい。挨拶」
と怒鳴った。教頭の位置と来賓席は舞台をはさんで離れており、私と妻は教頭のすぐそばだったので、最初教頭が事態を飲み込めずにきょとんとし、それから慌てて、
「あ、し、失礼しました。来賓、来賓様よりご挨拶を頂戴したいと思います。市議会議員の中山先生様」
と、うろたえながら紹介した。私は教頭のこの抜け作っぷりを、「憎めないな」と評した。

教頭は校庭を全力疾走しながら突っ切ったとき、このときのことを思い出していたのだろう。