意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

遠近法

昼休みにごろりと横になっていたら、いっしゅん視界がぐらりとして、やばいな、と思ったからとりあえずスマホから目をそらした。スマホは目に毒だから。最近目がしょぼしょぼすることが多くて、最初はナミミの運動会のときに、ほこりっぽい校庭の中、フェンスに囲まれた生徒たちの動きを見守っていたら、近所の矢口さんに声をかけられ、矢口さんはサングラスをかけている。スポーツ選手がかけるようなのをかけていて、小太りで都内で営業をしている矢口さんが、つり目の細い鋭角的なサングラスをかけているなんて、滑稽極まりないが、矢口さんは子供のころ野球をしていたせいか、あるいは息子さんがサッカーをしていて、他の親と交代で試合の送り迎えをして、今でもスポーツにかかづらっているせいか、さほど滑稽でもなかった。あるいは、トーク、トーク、トーク、でがんがん圧してくる矢口さんのキャラが、「俺がスタンダード」という気配が滑稽さを打ち消すのかもしれない。お洒落でも芸術でも、ある程度の図々しさは必要だ。

「紫外線がさ、目にきついわけよ。オゾン層ぶっこわれてるし。目も日焼けしちゃうからネ」
早速私がサングラスをいじると、矢口さんはそう返してきた。この「返し」はテンプレートになっているようで、その後別の人にも寸分違わず同じ説明をしているのが、私の耳に入ってきた。そういう神経の図太さが、私にもほしい。そのときに私も
「そういえば最近目もしょぼしょぼするし、紫外線かー」
と思い、今年の夏は積極的にサングラスをしようと思い、私は子供は吹奏楽部だし、私自身も中学のテニス部はサボってばっかりだったから、つり目のサングラスはやめておこう。その前に私も一応サングラスを持っていてそれは二つで、ひとつは赤色のフレームで、もうひとつはフレームは黒いが、昔のマリオのステージのような形をしていて、どちらも妻に
「車の中限定」
の制限を受けている。赤いフレームの方は、買ったときはオレンジだとばかり思っていたら、オレンジなのは裏側だけだったから少しがっかりした。私はオレンジ色が好きだったから、一目でそのサングラスが気に入ってしまい、もちろん試着とかして
「赤だ」
の認識はしても、そのときは赤もオレンジの一種のように感じてしまうのである。私のオレンジ好きのエピソードとして、昔丸井で夏服を買いに行ったら、イーストボーイで、青白のボーダーのTシャツにオレンジ色のポロシャツという組み合わせをお勧めされて買ったのだが、まず初めはボーダーのみだったと思う。ついでに白いズボンも買って、中途半端な長さに切ってもらった。しかし、重ね着はやっぱり暑いから、私は何度か重ねた後には、別々に着るようになった。お勧めした店員は、埼玉県北部のじとっとした暑さを知らなかったのだ。

その後、私はバイト先の後輩と、その彼女の3人で花火を見に行ったときがあり、この彼女は後輩よりも年上で、私とタメ年だった。目は一重で、地味な顔立ちをしていたが、ずけずけと物を言う性格で、何度か私と遊ぶと、
「弓ちゃんは髪は派手だけど、顔は地味ねぇ」
と言われた。私は当時は金髪だったが、やはり私も一重だから、そんな言われようをしたのである。智恵(彼女)の髪は茶色だった。智恵は地味な見た目だが、大変スケベな女として評判だった。私の中で。

それで、智恵と後輩と花火を見に行ったときの話だが、それはまだ2度か3度しか開催されたことのない花火大会で、運営側もまだまだ不慣れで、おかげで私たちは、ずいぶん遠くの駐車場に車を停めさせられた。そこから会場までは結構な距離があり、私ひとりだったら断念して帰るが、智恵はそれなりに楽しみにしてそうなので私は辛抱してあるいた。それが大変不親切な道で、私たちは国道沿いを歩かなければならず、歩道もブロック塀がせり出していて、横に並んで歩くのはもちろん、所によっては私自身が縦向きになって歩かなければならなかった。車も人もたくさんいた。私たちは河川敷に向かって、緩やかな下り道を歩いていた。そのとき、
「弓ちゃん、そのオレンジ、よく似合ってるねぇ」
と、声がした。智恵は私よりも後ろを歩いていたから、声は後ろから聞こえた。順番は、私、智恵、後輩、だった。後輩は、細い線のボーダーのポロシャツに濃い色のジーンズを履いていた。私は縦向きに歩きながら、
「ありがとう」
と礼を言った。そのとき智恵のほうを一瞬見たが、もう暗くなっていたから、どういう表情なのかわからなかった。だから、智恵からしたって、私のポロシャツの色なんてちゃんとは見えないはずなのに、こうして「似合っている」と言われるのだから、私は余程似合っているんだろうな、と気分が良くなった。私は、そのオレンジ色のポロシャツを大事に何度も着たが、やがて何かのときに捨てた。智恵もそれから何年かして後輩と別れた。最後の方で、後輩が
「もう何ヶ月もセックスしてない」
とこぼしたので、私は気の毒に思った。


※小説「余生」第13話を公開しました。
余生(13) - 余生