意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

パソコンを買うのは大変だ(夢)

1、
妻とシキミと三人で電気量販店にパソコンを買いに来た私たち。姉であるナミミは部活動か、それとも端から面倒でついてこなかっただけか。シキミも最初はためらったが、
「留守中のiPad禁止」
と言い放つと、しぶしぶくっついてきた。その日は、結局選ぶだけにして、時間もずいぶんかかっちゃったので、引き取りは後日ということになった。そして後日になったので、私たちは再び訪れた。

2、
私たちは応接間のようなところに案内され、ソファに腰掛けた。左から私、シキミ、妻の順である。しかし電気量販店で応接間というのはおかしいから、マッサージチェアのコーナーだったのかもしれぬ。そこで、予想とは違ってスーツを着た、偉そうな感じの50代くらいの男が、新しいパソコンをもってやってきた。今話題の、東芝の社長のような外見である。私は
(大げさだな)
と思った。

3、
男は、パソコンの箱を開け、中身の説明を始めた。付属品等に、漏れがないかよく確認してほしい、と言うので、私は前屈みになり、付属品を確認した。ソファは黒い革張りで、とてもふかふかしていたから、私は結構前屈みにならなければ箱まで手が届かなかった。パソコンについては、ノートかデスクトップかも覚えていないので描写はできない。

4、
男は最初はパソコンの説明をしていたが、いつのまにか政治の話に変わっていた。最初は世間話かと思って聞き、私もいい大人なので、相手が喋りやすいようにうまく合いの手を入れたりした。それが私の悪い癖なのである。ところが、よくよく耳を済ますと「集団的自衛権」とか出てきて、男は背後のホワイトボードにマジックで書き込みながら説明し、まるで授業のようだった。男の座っていたソファには、いつの間にか小泉純一郎元首相が座っていた。小泉は終始無言だった。

5、
妻は次第に不機嫌になり、シキミは、
「お腹すいた」
と文句を言った。すると、その言葉が男の耳に入ったのか、男は突然
「お昼です!」
と大声を上げた。しかし、ホワイトボードのさらに奥の壁にかけられている時計を見ると、時刻は10時ちょうどをさしていた。私は不審に思ったが、お昼ご飯を食べてもいいという意味に解釈した。時計は会社によくあるような、円形のシンプルなデザインのやつだ。時計の左右は窓になっていて、昼なのでブラインドを下ろされている。妻はバッグからパン屋の紙袋を取り出し、中にあった塩パンをシキミに与えた。私も男の目を盗んで塩パンをかじった。塩パンは小さいので、一気に半分なくなった。

6、
妻は私に
「どうにかしてよ」
と小声で訴えてきた。私は本音で言えば、男の「授業」が楽しくもあったが、私たちはあくまでパソコンを買いにきたのだから、妻が不快に感じるのは妥当だと思い、私はソファから立ち上がった。ソファはだいぶやわらかい素材を使用しているので、立ち上がるのに、膝の筋肉を余計に消費した。私は男に、私たちはパソコンを買いにきたのだから、それくらいにしてくれ、と授業の中断を申し出た。すると男は顔を真っ赤にして怒り出し、
「私の話を最後までちゃんと聞かなければ、パソコンをうまく操作できない」
と怒鳴った。小泉が、不安そうに男を見上げている。私は、
「困ったらググる。もういい加減にしてくれ。売ってくれないなら、ネットで買うからいい」
と言った。男はますます怒り、てめえこのやろうみたいなことを言って去ろうとしたから、私はいくらなんでもそれはあんまりだと思い、
「ちょっと待ってくれ。店長を呼んでくれ。あんたは、ダメだ」
と言った。私は「ダメだ」という部分を、もっと違った風に、例えば「接客態度がなってない」とか、言いたかったのだが、なにせこっちも頭に血が上っているから、うまく言葉が出ず、「ダメだ」の前に変な間ができた。そのとたん、周りでどっと笑いが起きた。その間が面白かったのである。私はいつのまにか、オフィスのような場所にいて、たくさんの社員たちが私たちを見ていた。社員の机には各々のパソコンがある。私はこれはやばいと思い、どうにか空気を変えてこちらの味方につけなければ孤立してしまうと危機感を抱いた。奇しくも、私は昨日か一昨日くらいに「孤立」というタイトルでブログを書こうと思っていて、私は小学校時代からよく孤立していたから、またか、と思った。

7、
そこで、大勢を前に、この男がいかに販売者にあるまじき言葉を放ったかと、私はパソコンを買いに来ただけで、決して理不尽な要求をしたわけでないことを主張し、聴衆が私に同情的になるよう仕向けた。私は、こういうふうに私のことをあまりよく思っていない集団に対して自分の主張をすることに、いくらか慣れていたので、言葉はスムーズに出てきた。私は再度、
「店長と話をさせてくれ」
と言葉を結んだが、さっきまでの男が店長だったらどうしよう、と一瞬思ったが、そうしたら黙って荷物を抱えて帰ればいいと思った。車の中で塩パンの残り半分を食べようと思った。しかし、結局店長は出てこず、代わりにお客様係の女性社員が出てきて、私は机の角っこで話を聞いてもらうことになった。女性が角に用紙を置いて、私の話を書き留めるのである。そうやって話をしているうちに目が覚めた。


※小説「余生」第39話を公開しました。
余生(39) - 意味を喪う