意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

これって方言なのかな? て思うんですが、よく子供なんかにパンの切れ端をあげたりするときに、「ふ」と言ったりする。子供と言っても、その辺にいる野良の子供ではなく自分の子ですよ? 自分が親になってからはあまり言わないかなあ。親にはよく言われた。「ほら」なんかとだいたい同義語です。

私は小説を書いていて、小説でなくてもできるだけ普段使う話し言葉で文章を書きたいと思っていて、それでふとこの「ふ」を使う場面を書いたりしたらいいんじゃないか、と思った。しかし、これは実際文字にしてみると「ふ」ではぜんぜんない。書く前から「「ふ」じゃねーんだよなー」と思っていたから、文字にする前から思っていた。発音は「ふ」と「ぬ」の間だろうか。「ぬ」ではもちろんない。三十数年日本国に生きてきて、容易に文字にできない言葉があるとは思わなかった。文字にできない言葉って、だいたい方言の気がする。私は埼玉に住んでいるので、埼玉以外の人は、「ふ」「ふ」て馬鹿みたいだ、と思って読んでいるのかもしれない。

方言といえば、私の住んでいる地方では「そうなん」というのがある。「そうなの」「そうなんだ」とほぼ同じ意味である。しかし、埼玉というのは東京のお隣で、テレビを見ていても、ふだん自分たちが使う言葉と何ら変わらないので、自分たちがまさか方言を言っているなんて、夢にも思わなかったが、中学の時に「そうなん」が、東京では使われないことを知り、愕然とした。それで、私と友達はそのとき中学生だったので方言が恥ずかしい、とにわかに思い、じゃあ、代わりになんと言えばいいのか話し合ったが、なかなか代わりの言葉が出てこない。結局一字違いの「そうなの」「そうなんだ」が近い、となったが、近いだけで同じということではなかった。「そうなん」の代わりはないのである。おそらくほとんどの方言はそうであり、そう考えると共通語というのは、案外ボキャブラリーが少なく、私たちの感情すべてを表すことはできないのだ。逆だ。感情は言葉によって作られるので、共通語しか知らない人は、感情のレパートリーが少ない。そうなると「東京弁」というのがあることにも納得がいく。

話を戻すが、「ん」が近い気がする。「ぬ」よりも近い。実際吹き出し「ん」と言っている漫画があった気がする。女が色恋どうこうで、ビルとビルの間で、カロリーメイトを男と分け合うようなシーンで言っていた。男がぶっきらぼうカロリーメイトをぽきんと折って、女のほうに放り投げる。そのときの吹き出し「ん」なのである。誰かに追われているのだ。風呂にも入れないはずなのに、男女の髪はさらさらしている。

私と友達が田んぼの真ん中で「そうなん」の代わりの語を探しているとき、そこは舗装された道で、私たちはのろのろと、自転車に乗りながら話をしていた。生ぬるい風が、牛舎のにおいを運んできた。ハシモトの家である。ハシモトは四角くて、薄い顔の形をしていて、給食に例えると、ハムのような形をしていた。給食のハムは四角かった。四角い田んぼの向こうには国道が走っていて、国道沿いには消防署と警察署と職業安定所がある。その途中に、「ほのぼのレイク」の看板があって、ほのぼのレイクのキャラクターは、緑色の恐竜だった。私たちはそれを見る度に「ほのぼのレイプ」と言って喜び、そういう年齢だった。私はいつも
「ほのぼのレイプって、どういう状況なんだろ」
と考えていた。
 
 
※小説「余生」第44話を公開しました。
余生(44) - 意味を喪う