私の一学年先輩が、やっぱり就職活動でかなり苦戦していておそらくヨーイドンで始まった他の就活生よりも、だいぶあとのほうになってようやく一個内定が取れた。夏とか、いや秋だったかもしれない。そうするとやっぱり「ありがたやー」という感じになる。
ところで、会社に内定して配属されたのは、青森の支社であったので、浜口さんは4月から青森に引っ越した。私は大学時代はなるべく友達をつくらないようにして過ごしていたので、大学内で仲がいいのは浜口さんしかいなかったので私は
「さびしいな」
と思った。さらに、バイト先でも仲良くなってたまに飲みに行っていた人も、アメリカに留学し、音楽療法士になると言い出したので、なお寂しかった。それは女だった。私は寂しい気持ちを表す詩を書いたりして、気分を紛らわせた。
そう考えると、浜口さんは一学年上だったので、私は大学四年になると誰とも口をきかなかったのか。仲の良い人はいなかったが、嫌いな人がいて、あるとき一号館の階段の踊場でばったり会って、声をかけられたが、ガン無視をキメたこともある。そう考えると、向こうはあまりこちらを嫌っていなかっのか。単に向こうが大人で、こちらが子供っぽかっただけかもしれない。
浜口さんは何に対しても凝る性格で、本当はそういう性格ではないのかもしれないが、私の方が面倒くさがりで飽きっぽい性格なので、そういう風に見えるのだ。青森に配属が決まってから、浜口さんは青森の気候やら地形を調べ、それを逐一私に教えてくれた。私は大して興味はなかったが、他に友達もいないので、邪険にはしなかった。青森の市街地は、埼玉の川越なんか目じゃないくらい都会らしい。大宮並か、あるいはそれ以上に都会らしい。ただし、街から離れると、途端にど田舎になる。海に例えると、日本海のように、いきなり深くなる感じか。逆に埼玉は、駅から離れたら緩やかに寂れていく。太平洋の遠浅の海のようである。
ところで、浜口さんの青森の話を聞いて私が思い浮かべたのは、コブラという漫画に出てくる異次元レースの話の中の、ものすごい寒い都市である。もう話の筋はほとんど忘れてしまったので、ここで書くのは無茶なのだが、とにかく寒い都市で、外は年中吹雪いていて、人々は外を出歩けないので家と家の間をトンネルというか、ホース状の通路で繋いで、そこを移動して生活している。ところでそこの世界の雪は、生き物でありコブラたちに襲いかかるのである。途中でホースがへし折れたりして、凍死する人が続出するのである。襲いかかる理由は、人間が欲をかいて、雪たちの食料である牛(寒さにめっぽう強い種類)を乱獲したために、怒ったからである。元々そこに住んでいた原住民(インディアンの格好をしている)たちは、雪の正体は知らないものの、牛を穫りすぎると良くないことが起こると知っていたので、たびたび人々に警告していたのである。結局コブラは雪の女王(雪は蟻のような生態をしているので、女王がいると途中で気づいた。女王は、巨大な雪の結晶の形をしている)を見つけ出し、
「メリークリスマス!」
と例のウィットにとんだ調子で挨拶し、サイコガンをぶちかますのである。
浜口さんと最後に飲んだときは、行ったことのないバーでカクテルを飲み、スカイダイビングとか、そういう目の前でシェイカーで振ってくれる系のお酒を頼んで、男同士できゃっきゃきゃっきゃ言いながら飲んだ。私はマスターに、
「この人来月から青森に行くんですよ」
と話したら、店を出てから浜口さんに、
「弓岡ちゃんは何でもしゃべっちゃうんだもんなあ」
と怒られた。その店にはそれ以来行っていない。
しかし、浜口さんは八月には埼玉に帰ってきた。結局仕事が合わなかったのである。業種は伏せるが、かなりハードなところなので、そういう可能性もあるかもしれないと思っていたが、こんなに早く戻ってくるとは思わなかったので、驚いた。でもそれでいいと思った。苦労と結果は、必ずしもバランス良くはならないし、むしろそれが当たり前なのに、どういうわけか、しんどい思いをすると、それに見合った結果がついてくる、あるいは少なくともそれを手にする権利を有する、と勘違いしてしまう。
ところで、アメリカに旅立った友人も、予定よりもずっと早く埼玉に帰ってきた。やはり挫折したのである。私は自分の書いた詩の力の強さに、あらためて驚かされた。