意味をあたえる

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imomushi2015

食事中の方はごめんなさい。また、食事中でないかたも、早晩食事をするのだろうからごめんなさい。私はブログを1年4ヶ月ほどやっていますが、このように謝罪から入るのは初めてです。イモムシの話です。楽しんでください。

さっき倉庫でイモムシが半分つぶれていて、どうやら台車に轢かれてしまったようで、気の毒だ。でかくて黒かった。黒い血液だか肉片が、コンクリートの床に薄く伸ばされている。私は著しく顔を歪めながら、私はそれを見つけてしまったから処理しなければならなかったから、ティッシュを三枚取り、あとなんかの包装紙とか厚紙、それとほうきを用意して、とにかくイモムシの柔らかい皮膚感が、私の皮膚に伝わらないような工夫を凝らした。私は無意識のうちにキッチンペーパーを探していたのは、家でゴキブリ等が出たとき、私はいつもキッチンペーパーでくるんで処理しており、キッチンペーパーのほうがティッシュより分厚いから枚数が少なく済んで経済的だからだ。そうして倉庫に戻ると、イモムシは、
「たのむ、見逃してくれ」
と言わんばかりに、潰れずに済んだ頭側を、ぴくりぴくりと動かした。虫にも人の情念が伝わるのである。しかし、それは私の情念であり、私は私の情念を見下ろしていた。万物は鏡なのである。私は、一度は死んだものと判断していたので、
「うぎゃあ」
と悲鳴を上げると、後ろから50代のJ氏がやってきて、代わってくれた。J氏は、私が道具を用意していたとき、最初
「代わりましょうか?」
なんて言ってきて、私はまあどちらでもいいや、て感じだが一応
「本当ですか?」
と喜んだが、J氏は尺取り虫くらいのを想像していたようで、カブト虫の幼虫に墨汁をかけた感じ、と伝えると
「じゃあヤだな」
と怯んだ。怯まれると腹が立った。そういう私の情念を察知してか、J氏は後ろからぱっと掴んでボール紙の包装紙でつつんでくれた。私が
「ありがとうございます。助かりました」
と言うと、包装紙に向かって手を合わせた。それは私に対するデモンストレーションだろうか。J氏は仕事はイマイチなので、こういう部分で貢献すれば、彼の自尊心も保たれるだろう、と私は思った。

イモムシと言えば、前にネットで恐ろしい刑罰特集みたいな掲示板があって、毛虫壺というのを思い出した。まず奴隷にひとり5匹くらいの毛虫を探させてそれを特大の壺に入れる。坪が毛虫で満たされたら罪人を放り込む。当然罪人は抜け出そうとするが、つぶれた毛虫で壺の表面がつるつる滑り出られない。やがて口鼻に毛虫が詰まって窒息死するというものである。おえー。

どうしてそんなドエス全開の刑罰が存在するのか。私は今ヘーゲルを読んでいると、散々このブログで自慢げに書いているが、昨日からちょうど中国の単元に入って、めちゃくちゃおおざっぱに言ってしまうと中国には自由がない。民衆には思考がない。皇帝の意志がそのまま法律となって人々をしばる。念のため補足するがそれは古代中国の話であり、書いている人も1800年代の人だから、「古代×古代」という感じで把握してもらいたい。

それで私は合わせてフーコーの「監獄の誕生」のことも考えたが、こちらは解説書を読んだだけで、原本には当たっていない。しかも、途中からわけがわからなくなった。この本が発売された当初、頭脳明晰な人が、
「この本を本当に理解できる人は30人くらいしかいないだろう」
と言ったらしい。30人、は私の適当な数字だが、それだけ難しいという比喩である。そのうち気が向いたらまたトライしたい。

なぜ私がフーコーに興味を持ったかと言えば、ずっと昔にドラムの先生にウンベルト・エーコを勧められて、エーコは「薔薇の名前」と「フーコーの振り子」がいいよと言われて、それでフーコーの名前を知っていたからである。「フーコーの振り子」は読んだことはないが、「薔薇の名前」はある。

それで「監獄の誕生」に戻るが、私がこの本を読もうと思った理由は、冒頭で、罪人の手足にそれぞれ縄で牛をくくりつけ、牛を四方に引っ張り合いをさせるという刑罰が昔あった、という話にひかれたからだ。とうぜん罪人の体は引きちぎれる。ひかれた、と軽く書いたが、私はそういう話が好きなのだろうか。ドエスなのか。とにかく、なんでこんな残酷な刑罰があったのかという理由についてのヒントが、ヘーゲルの中にあるのではないか、と私は思った。逆に現代人に残酷な刑罰が必要ないのは、私たちが自由、もしくは自由へ向かう途中段階、あるいは不自由だからである。不自由、自由でない、というのは自由という発想があるから生じる感覚であり、古代中国はその発想すらない。だからこそ、自由を縛ることはできず、罪人には命を差し出してもらうしかないのである。昔の人と、今の私たちでは、命に対する考えもだいぶ違うのだろう。