意味をあたえる

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ソイ=ジョイ

先月の14日、すなわちバレンタインデーに私は営業部の女の子から、お菓子をもらった。帰り道にすれ違う際、まずどうしてすれ違ったのかと言うと、私は定時にさっさと支度してタイムカードを切り、建物から出たところで、向こうは出先から帰ってきたところだった。つまりこれから報告書とかを書きあげ、帰りは8時とか9時になるのだろう。私よりも一回りくらい下であり、それなのに働き者なのだ。まるでお母さんのようである。しかし彼女が特別働き者なのかというとそうではなく、私と同い年の男の営業なんかは母親と二人暮らしで、毎晩11時まで残業している。どいつもこいつも会社にぞっこんなのだ。私からしたら、さっさと家に帰りお母さんと一緒にバラエティ番組でも見ればいいと思う。お母さんとテレビの趣味が合わないのか。私のお母さんは、私が母の趣味ではない番組を見たいと主張すると、潔く譲ってくれ、自分はナンプレの雑誌をひらいて、ちまちまと数字を埋める作業に没頭する。パズルの好きな女なのである。または、赤川次郎とか、西村京太郎を読み出す。ミステリー好きの女なのである。一方の私が夏目漱石の文庫を取り出して読んだりすると、
「ずいぶんと難しいものを読むのね」
と感心してくれるのであった。

母の話はこれくらいにして、私は営業の女にお菓子をもらったが、それはおそらく出先で誰かにもらったものの余りで、個包装の左右がぐるぐる巻きにされたキャンディのような、性質としてはグミの固形物であった。見方によっては女はこの手の固形物が苦手だから、私に押し付けようとしているのが見え見えであった。しかし私は数字とミステリー好きの女から生まれたやさしい男なので、やはりお返しはせねばならぬと思う。しかし特設のホワイトデーコーナーでわざわざ買いました的な、涼しい色合いにリボンをつけたような包装(父の日か)の菓子を渡してもいかにも野暮だし、女に負担をかけてしまうことにもなる。だから私はソイ=ジョイという小腹を満たすための、棒状の菓子を選択した。コンビニで買ったらそれは100円とすこしの値段であり、わざわざそれを買うためにコンビニに寄るなんて、やはり女の心に負担をかけかねないので、ついでにレッドブルを買った。レッドブルは200円だから、お目当てはレッドブルという体裁を保つことができた。そうしたらコンビニのメガネをかけたあんちゃんが、
「袋はよろしいですか?」
と訊いてきたので、私はつい、
「はい」
と答え、そうしたらバーコードのぶぶんにべったりとシールを貼られ、私が会計を済ませ、車に乗り込み、まず最初に行ったことはバーコードに貼られたシールを剥がすことで、馬鹿らしさったらなかった。私としては、
「家にたまたまあったものを、「これ食べていい?」と妻にきいたら「いいよ」と答えたから持ってきた」
という風を装いたかったのである。そもそもそのソイ=ジョイは、義父が仕事に行くときに、小腹がすくからコーヒーと煙草を買うついでに購入したものであるから、古い男がソイ=ジョイのような食べ物を単品で買うなんてありえないから、コンビニの単品購入の際に貼られるシールがあるなんて、おかしかったから私は剥がした。

しかし肝心の女が少し前に消防士と結婚して籍を入れ、今週いっぱい結婚式もろもろで休暇をとるということで、私は渡すタイミングを完全に逸した。既婚者なのである。