よく歌って一番と二番とかあるが、歌詞の文句について同じ箇所で例えば母音が同じなど酷似しているときがあり、それは韻とか呼ばれたりする。私が朝出勤中に聴いていた歌にもそれはあり、それは相対性理論の「帝都モダン」という曲で(作詞はティカ・αという人です)一番では、
「Wi-Fiさがして」となっているが、二番では
「ワイワイさわいで」となっている。そういうのがあると私は
(先に考えたのは一番二番のどちらだろう)
と気になってしまう。あるいは同時かもしれない。何にせよ、私は後から考えられた方は言ってみればこじつけであり、どこかないがしろにされたような気になってしまう。韻というのは口ずさんで気持ちいい、耳に心地よい、などの効果はあるのだろうが、意味に踏み込むとどうしても(他にもっと適当な言い回しがあったのでは?)と思ってしまう。
似たような話で私は昔ドラムをやっていて、ドラムに座ってすぐ左にはハイハットというシンバルを水平に二枚重ねにした打楽器があり、実は厳密には下のシンバルは水平ではなく若干傾いている。全体がいっぺんに重なると空気の抜け道がなくて音が小さくなるからである。ハイハットというのは足元に足踏みペダルがついていて、そこで二つのシンバルの間隔を調整して音色を出す。おおざっぱにオープンとクローズというのがあって、クローズは盛り上げに欠け、オープンは節操がない。そうやって初心者ドラマーは二つの音色を使い分けるのである。ちなみに上級者は六種類か七種類音があって、昔雑誌を読んでいたらリック・マロッタというドラマーがスティーリー・ダンの「ペグ」という曲のバックで演奏したときに、「ハイハットを髪の毛一本ぶんだけ開いて」演奏したと言っていた。しかしCDを聞いても髪の毛一本ぶんの音色などわからない。髪の毛といっても老人と若い人では太さにはだいぶ差がある。
とにかくハイハットは二つのシンバルを離すほど音が派手になるのだが、一番インパクトがあるのは、オープンとクローズを同時に繰り出す方法である。これは漫画「るろうに剣心」なら二重の極み、「ダイの大冒険」でいったらメラとヒャドを同時にくりだすメドローアのようなものだがそこまで大仰なものではなく、最初オープンにして叩き、叩いた瞬間に足を踏み込んでクローズにする、すると出た音の余韻が一瞬で途切れ、「ばしっ」というアクセントのきいた音になるのである。しかしただ闇雲に踏めばいいというのではなくタイミングをつかむ練習はある程度必要であり、あとハイハットは左足で基本踏むのだが、左足が利き足でない人が多く強く踏み込めない。ハイハットは重いシンバルを支えているから中には太いバネが仕込んであり、なれない人はクローズにするために踏み込むだけでも難儀なのである。だからこのオープン・クローズがきれいに決まるようになると嬉しくなって、実際の自分のオリジナル曲などの見せ場に積極的に入れたりする。しかし
「あんまり入れすぎると嫌みになるよ」
と先生にたしなめられた。
そういうのが、歌詞の韻を踏むことにどこか似てると感じたが、書いてみたらそうでもなかった。