義理の祖母の葬式があり、義理なので私はいちばんうしろの席に座った。私の住む地域では葬儀はよほど大きな家でなければセレモニーホールという場所で行われそこは畳の部屋ではなく椅子が並べられている。私が小学生のときに祖父が死んでそのときは自宅に座布団を並べて一体どこまでガマンしたら正座を解いていいのかに腐心したが、今はそういうのはない。祖父が死んだのは六月で私は小学六年で一周忌のときは中学に上がった。中学に上がったら制服で式には出なければならず、しかし私は学ランを着るのが嫌だったのでワイシャツで出たら、その日は雨で名前の知らない親戚のおじさんに、
「寒いだろ」
とからかわれるように言われた。そこは寺で寺には木と竹がたくさん生えていて、下も土で夏なら涼しくて気持ちよさそうだがまだ夏は遠かった。そばに蛇口があって、昔はそこに口をつけて飲んだ記憶があるがいつからか、「井戸水なので飲まないように」と注意書きが貼られた。
それから20年経ってその妻が死んだときにはもうセレモニーホールで葬式をあげるようになって、振る舞いにはマグロも肉も出てきた。祖父の時には葬式の時には殺生はNGということで、振る舞いに寿司がでると聞いて私は喜んだがふたを開けたらたくあんだのかんぴょうだのの巻物ばかりでがっかりした。しかし文句を言うわけにもいかず、ガマンして食べたらかんぴょうが旨かった。あれから20年して人間は偉くなった。
セレモニーホールの音楽や、司会者の「旅立ち」みたいな言葉が好きになれない。お焼香がなるたけ短い時間に終わるように、何人ずつがどこに並んで、し終わったらどちら側にはけてどういう順番に席に戻るとか、そういうシステマティックなところが好きになれない。その理由を適当に考えると、やはり冠婚葬祭はどこかぎこちないところがないと、特に葬儀なんかは妙にこなれてしまうと味気ない。焼香なんかちゃんとしたやり方があるのだろうが、よくわからずに先の人のを目で盗んで真似するかんじが葬式らしい。今日のところなんかは「左手を必ず添えろ、あと三回以上するな」とかやたらと細かいところまで言ってきた。焼き場に行くのに自家用車の人は霊柩車の後につくのではなく、先回りしてお出迎えするように、とまで言われた。その方が絵になるのだろうが、もっとゆるくていいんじゃないかと思う。少し前に「お葬式のDIY」みたいな記事を読んだが、手作りの葬式とか、この先流行るのではないかと思う。
一方でどうしてシステマティックなもの、マニュアル化されたものに、私たちは冷たさを感じるのかということを考えた。思考が排除されるからか。感情の入る隙がないからなのか。しかしそれはどこか通り一遍の答えである。二日前の私の記事で取り上げた記事では機械と人間の融合みたいな内容だったが、そのあとその私の記事に言及した記事があってその中にデカルトを取り上げた記事が紹介されていて、なんだか記事のマトリョーシカみたいだが、それを読んで「我思う」の「思う」とは、「我」以外の人を指すのではないか、とふと思った。つまり「我」という言葉の定義がデカルトと私たちで違っている。これは別にデカルトがアホなのではなくて、たとえば「私」という一人称は私を指すが、しかし固有名詞を付け加えないと結局何も指さない。私は英語が苦手でずっと調べずに放置している問題があって、それは日本語ではよくムカついたとき相手に
「テメエでやれよ」とか「自分で考えろ」
とかいうけれど、その場合の「自分」とは英訳したら「I」なのか「You」なのかという問題である。つまり私でも我でも、自分を指す言葉というのは特定の条件下のみで発動するローカルルールであり、普遍性はない。デカルトはそれを織り込んであえて曖昧な「我」を選んだのではないか。じゃあ「全人類思う、ゆえに全人類あり」でもいいんじゃないか、ということになるが、現代だったらもうそれでいいと思う。「人思う、ゆえに人あり」と書いたら格言めいているし、そういう理念を掲げる会社もありそうだ。
もちろん私はそんな風に思ってはおらず、ここから「全人類」から「我」に戻ってくるプロセスを書かなければならないが、もうそういうアイディアは浮かばなかった。しかし祖母の葬儀の話からこれになったからやはり、25年前の葬儀で精進料理しかでなかったことや、焼香の列がきちんと三列横隊になっていたことがヒントになりそうだ。私はすでに答えを書き終えているのだろう。