いつの頃かガムを噛むことに不快をかんじるようになった。何年か前に歯の根元が腐っていると言われ抜こうか抜くまいか悩んだが最後は半分だけ抜くという案で妥協した。インターネットを調べれば抜かずに治す方法はいくらでもありそうだったがそれだけの行動力は私にはなかった。東京に住んでいれば違うのかもしれない。しかし東京というのは何にしても数が多すぎる都市なのでかませ犬的な店や施設も相当ありそうで客側にもリテラシーを求められあるいは歯医者にしても相手はもうすでに何軒かの同業他施設に行っているというていで接客するのかもしれない。そう思うと「ぜんぶおまかせです」みたいや顔をしていくのに気が引けて私の歯茎はどんどん溶けてしまいそうだ。歯医者ではないがリテラシーと言えば昨日はSUBWAYに行き私はSUBWAYは初めてではなかったがやはり緊張した。店員がパンはどうするとか野菜はどうするとかいちいち訊いてきて腹立たしい。やっと終わったと思ったら「ソースは?」と訊かれ面倒だから「おまかせで」と言ったら若い男の店員が困った顔をした。男はキャップをかぶっていた。男がキャップで女がハンティングキャップだった。私は意地悪でお任せと言ったわけでなくソースの貼り紙が太った女の客の体で隠れていたからソースの選択肢が把握できなかったのである。「おまかせ」が困るのは私も重々承知している。私も昔コンビニで「おでんちょうだい」と言われて戸惑った。客はおでんという概念を求めてやってきた。私がトングを掴んだまま固まっていると不思議そうに「おでんだって、おでん」と畳みかけてくる。やがて客が大根をおでんと言い間違えていることが判明しお互いににこやかなかんじになった。つまりおまかせではなかった。ちなみに「適当に」はある。店のオーナーが店に電話をかけてきて「なんでもいいからお弁当持ってきて」と言ったことがありどこに持って行くのかというと裏の畑を挟んだ向かいにある焼鳥屋だった。私が弁当を温めて畑をつっきり焼鳥屋に弁当を届けるとオーナーは焼き鳥を10本くらいお土産です持たせてくれた。私はその日誕生日だったからである。誰かがイタズラでシフト表に私の誕生日を書き込みオーナーがそれを見たのだ。一見いい話だが実はオーナーはその焼鳥屋の女主人と愛人関係で私はうまい具合にダシにされたのであった。
焼き鳥の「皮」もガムに似ているが噛んでいて不快ということはない。