意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

めまい

今年くらいから毎あさ子供を駅に送るようになり私は駅に詳しくなった。子供のころから知っている駅だったが四五年前に建て替えられ小ぎれいになった。以前はロータリーもなくタクシーが道にまではみ出ていてすぐそばに果物屋があった。果物屋のそばには公衆便所があり公衆便所は「さわやかさん」という名前だった。あのときのタクシードライバーはもうほとんど死んでしまったのではないか。ケンタッキーがあり薬局がありそば屋があったがみんな消えた。鳥居もあった。建て替えのときあの鳥居はどうするのかと誰かと話しむやみやたらと抜いたら不味いのではないかと言ったら平気らしかった。子供のころ読んだ怖い話の本で成田空港の駐車場にある鳥居を抜こうとすると祟りが起きるというのがあったがそれと混同しているのだ。私は成田空港に行ったことがないから鳥居自体ほんとうにあるのか知らない。あっても見落とすかもしれない。サンシャインは知っている。元刑務所で建てられた最初の7日間は人魂がうようよ飛んでいたという話だ。祖母に話すと「巣鴨プリズンね」とお馴染みのようだった。祖母は豊島区に住んでいる。祖父は青梅の出身だ。


今は私には馴染みのない駅で二階からはコンクリートの渡り廊下が伸びている。渡り廊下の先は駅前のマンションに通じていてここに住む人は地上に降りることなく駅に行けるのだ。今朝私は地上からその渡り廊下を見上げその欄干を眺めたらめまいを覚えた。それは正確にはめまいではなく朝それを見ながらめまいを起こす人がいるんだろうという妄想だった。欄干は柱がレンガでできていてモダンでありこれから会社に行く人がそれを見たらめまいを起こすだろうという妄想だった。私も電車通勤をしていたころ色んな人工物を見てはめまいを起こした。歩道のタイルを見て涙が止まらなくなったことがある。私は人工物全般が苦手なのだ。やがて仕事がどうにもしんどくなると私は逆に朝は早く家を出るようになった。そうして駅から遠回りして時間を稼ぐのである。とちゅうに細くてカーブした道がありそのはたにセブンイレブンがあっていつも私が通る時間はパンや弁当の納品のトラックが来ていてそれが来ると前に進めなくなった。ちょうど車一台分の道幅しかなくなんとか進めても途中の電信柱で詰まってしまうのである。こういうのを袋小路と言うんだなと私は朝に思った。