意味をあたえる

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小説的(2)

笹田に対し私は
「そういうことなら早く帰ってあげてください」
と最大限相手の後ろめたさがな軽くなるよう言葉選びに努力した。私は実際の犬を飼ったことがないからこんなときどこまで気の毒がればいいのかわからなかった。なんせ人間だって他人の家族が危篤でもなんでもないのだから他人の飼っている犬なんて毛ほどの動揺も起きない。もしかしたら「犬の生き死にで退社するとはけしからん」と反応するのが正解かもしれない。昔はそんなテンションだったと思われる。課長・島耕作という漫画で島の上司が最近の若いものは仕事より家族を優先して困ると別の上司Bにこぼしていた。休日出勤を頼んだときすぐにOKする者をA条件付きでOKする者をB断る者をCに判定すると話していた。その点島はAで間違いないという。漫画ではわからないが島は仕事人間なのである。おかげで妻は他に男をつくって出て行った。島も不倫ざんまいだから島にとっても満足だった。


笹田が帰ったあとに笹田の不在を他の者につたえ笹田のやりかけの業務の指示をした。理由をきかれたので犬が危篤と説明した。この点については笹田の了解をとっていた。この点とは早退の理由は訊かれたら話すという点だ。案の定「犬ごときで」という人もいた。その人は神崎といった。神崎は私よりも先輩だった。神崎も何年か前に
「元妻の家の隣が火事だから帰って良いか」
と訊いてきたことがある。元妻とは離婚をしたから元妻なのである。私はOKしたがそのときも世間一般では元妻の隣家が火事のときはどの程度の気の毒さなのかと考えた。元妻だから他人だし火が燃え移ったところで何ができるのだろうか。雨乞いでもするのだろうか。しかし元妻には子供がいるからこれは神崎の血縁者だし神崎は消防団員だから消そうと思えば消せるのである。神崎は手先が器用なので川の水を汲み上げるくらいわけないのだろう。しかしそれでも腑に落ちないぶぶんがあった。


私の家も隣家が火事になったことがあるとあるとき父に聞いた。私が生まれて間もないころである。そのとき隣組が私の家の屋根に一生懸命水をかけたそうだ。そのとき父は仕事を早退したのだろうか。父も島耕作に負けない仕事人間だった。あるいはそれは勘違いかもしれず父は障害者施設に勤めていてそこには障害者が住んでいるから世話をするために遅くでたり泊まりをすることがあった。私が十代のころには過労死という言葉が流行りあまり家に帰ってこない父に私は過労死するのではないかと心配したら父は
「夜は寝ているから過労死には認められないだろう」
と答えた。父は夜中に腕っぷしの強い障害者に殴られることもあった。父の職場には中庭があり中にに面した壁には自動販売機があってポカリスエットが売っていた。そこに性器を露出した男の障害者がやったきて小便をかけるのかと思ったらかけなかった。彼が父を殴ったのであった。