意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

ニュアンス

複数人で仕事をしているとニュアンスがまったく伝わらないということに気づいた。ことに私の職場はロボットのような人ばかりだから私が曖昧な指示をするとあり得ないような動きをする。コンピュータープログラムが人間とコミュニケーションをとっているようでその実こちらが文法を誤ると人間離れした動きを見せあ然とするのと同じである。むろんコンピューターではないから無限ループに陥ることはないがこっちが
「そういうことじゃなくて」
と注意すると
「こう言われたから」
と冷たく言われるのである。確かにそう言ったし私は言ったことをすぐ忘れるから言ったと言われればそれまでだから謝って違うことをしてもらう。そもそも私は曖昧な表現をすることが多いし気が多いので指示や説明をしながら「やっぱこっち」と道筋が変わってしまうことが多い。これは私の欠点なのかもしれないが私は常に最善を尽くしたいと思うからしゃべりながらでもなんでも思いついたら言わずには気が済まないのである。しゃべりながらもしゃべっている内容を精査する私のすごさというか。だから周りが合わせてくれないと困るのである。


およそ10年前のときは10年前の話を持ってくるということは10年間は仕事らしい仕事をしていなかったということだが私は下っ端でチームでもなんでもなかったから私さえ理解すればどこまでも高度なことができた。私が設計し私が運用するからである。同僚は私を含めて3人しかおらず今から考えると比較的頭の良い人たちだった。性格に難はあってもこちらのやり方はある程度理解してくれた。主任の人はちゃんと「自分はPCはできない」といえる人で私にはいつも「ボタンひとつでばーっとできるものを作れ」と言った。あときちんと感謝できる人だった。私もまだまだ若く邪気がなかったから言いやすかったのかもしれない。


あと出入りしている事務機屋がやたらと馴れ馴れしい人で私も主任もいつもその人にPCの技術をバカにされていて私は悔しいから色々覚えた。何から何までへんてこりんな職場だった。