ボクサー
帰りに踏み切りで下り電車が通過するのを待っていたら前に男がひとり立っていて男というか中年である。その男が意識的が無意識的か私の車をとおせんぼするような位置に立っていて確かにそこはマイナーな裏道にかかる踏切だから歩道とかなくそれなら端っこを歩けばいいだろうとカードライバーの傲慢さが思わせるのだが踏切の橋のほうは板が波打っている板の向こうは闇だ。そうであれば男がとおせんぼする形になっても仕方がないだろう。そもそも私よりも先に踏切の前に立っていたのだ。その道は裏道で対向車とすれ違うのも難儀だから遠目に対向車が来ないことを確かめてからハンドルを切るようにしている。角の土地は畑だか空き地なので曲がる先がよく見えるのである。踏切に向かって道路は少し下がっていた。よくわからないが小さな川が流れているらしい。小さな川は道路の形に合わせて流れのほうが変えさせられてしまうからその道路が完成するともう誰も川のことなど忘れてしまう。ましてや私は土地の人間ではないからなおさらなのである。
この辺を歩いて会社にやってくる人がいて踏切と逆方向だがそっちのほうには団地があって分譲住宅があってその人は毎朝通りながら「まだ売れないなあ」などと思っていた。その人自身は浦和に土地を持っていて娘は看護師だ。犬を飼っていて先日犬が具合が悪いといって早引けした。そうしたら今度は人間のほうが悪くなったのでみんなは「また犬かな?」と思った。犬のことばかりでは気が引けるから自分が身代わりになったという発想である。私が駅まで送ると言ったが頑なに断って歩いて帰った。そうして暑い中いつまでも売れない分譲住宅の前を通って帰ったのだろう。売れた住宅の中には葡萄を栽培している人もいた。
ボクサーというタイトルについては前述の踏切前の男がタオルを拳にぐるぐる巻きにしてボクシングのグローブに見えたからつけた。