意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

私だけは特別

昨日の記事の続きにもなるが本を処分しろと妻に言われて私は初めて自分が本を収集していることに気づいた。それまで私は例えば幼いころからビックリマンシールを集めるとかそういうことに興味を示さず履かないスニーカーを集める友人をナンセンスだと思っていた。一方で私はガンダムのガチャポンとかBB戦士はたくさん持っていたが書き始めるまでそんなことはてんで忘れていてものを書くというか筋を辿るというのは本当に乱暴な行為で自分に都合の悪いことにはとことん蓋をするようにできている。ものを書くというのは恥知らずな人しかできない。それでも私は購入したBB戦士で架空の戦いなどを仕組み勢い余って片方の腕をへし折ったりしたから私は使役のために買ったのであり収集するために買ったのではないと思っている。本も読むために買った。しかし妻からしたら質量を持つものを所有したらぜんぶ同じなのである。とにかく妻の考えも偏っているが私は私でいかに自己愛が強いかに気づかされた。

「夫が約束を破ってまた女物の下着を身につけていた。なぜ約束を破ったのか理解できない、信じられない」 - 斗比主閲子の姑日記

こちらの記事で女性の下着を身につける夫について書かれているが私からすると別にいいんじゃないのという感覚である。置き換えると妻が男物の下着をつけるということか。もっと男男したものじゃないと釣り合いがとれない気もするが私としては

・下着なので上にものを着れば見えない
・個人で楽しむ範囲なら害はない

の二点から社会的ダメージはほとんどないと判断できるからOKなのである。リスクがあるが同じ女性下着仲間とつるむとかも許容できる。私は極めて合理的な人間だ。しかしだからといってこの妻が極めて狭量な考えの持ち主と批判するのもフェアではない。私は私の中には必ず許容できないラインがあるはずでそれがはっきりしないのはたまたま私がそういう場面に遭遇しなかったからである。そしてそのように思うことも自己愛なのである。