意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

途中式(遠雷)

前回までのあらすじ:「私」はあまり映画をみない


ここ2日ほど暑さが続き積乱雲が発生した 夕方からその内部で雷が発生しどこかのコンサート会場のように光ったり光らなかったりした 私はそれを高速道路上で見た 軽井沢の帰り道だった 花園インターのそばで自己が発生し40キロの渋滞が発生した 初めは小規模だった稲光が家に近くなるにつれ空全体に及ぶようになった 反対側に満月があってその光が暖められた空気が雲によって歪められトースト上のバターのように溶けてしまった やがて復活しまた溶けるを繰り返した 雷雲は茨城のほうにあるようだ


私はこの話は10月くらいまで続くのではないかと予想している 「途中式」という言葉のニュアンスはどこか遠回りのような道草のようなものを含んでいる 遠回りというのは私の勝手な定義だが目的地というか最短ルートを視界の隅でキープしながら行うものだ そういう特殊なものの見方はフィルターとなって認知を歪ませるのである


遠くの雷の光が広範囲に及ぶと雲の輪郭がはっきりして昼のようだった 雲は一瞬で消えるがそれは切り取られた夏のように見えた