意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

たまらない

自分のブログの記事に太宰治の短編「母」が取り上げられていて読みたくなったので読んだら良かったのでそのまま仕事にも持って行った 自分の記事には「わからない」という旨が書かれていたが改めて読んだら「わかる」を通り越してたまらない気持ちになった 今の職場が女性の多いところだからだろうか だとしたら私は変態である


素直に太宰治の感性に感心した 太宰治というのは自分だけがわかったような気になれる小説という評価を読んだことがあるが私はそこまでの自意識は有していないがこの「わかる」にはどこか後ろめたさがふくまれているからついつい自分だけのことにしたくなるのである