意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

クマとネギ

夢に熊が出てきた。とても高い建物の屋上で私はなんとか熊に遭遇しないようにしていた。屋上にくる階段は3つあり、3つも階段があるなんてファミコンロードランナーみたいで変だが夢だから変ではなかった。ロードランナーは階段ではなくハシゴだった。屋上には空のラーメンどんぶりが2つ重ねられていて使い終わった箸もつっこまれている。ひとつは熊が食べたラーメンである。もうひとつは誰が食べたか知らない。私はそのラーメンどんぶりを階段を上ってくる熊の頭にぶつけられれば、と思う。そうすればダメージを与えられるかもしれない。


というところで目が覚めた。5時半だった。書き出すとふざけた内容だが緊迫感はあった。うまく寝つけなくなったので本を読んだらすぐ眠くなってまた寝た。仕事にくるとちゅうで熊沢のことを思い出した。熊沢は小学校時代の友人である。熊沢はおかしな夢を見る人間で、しょっちゅう見た夢の内容を学校で話していた。熊沢の夢の中で私はよく死んだ。だからこの文章のタイトルも「熊に殺される」とか書くといいような気がしたけどやっぱやめた。熊沢は背が低くて痩せていてすばしこい系の男子だった。サッカーをやっていたがあまり威張ることもなくみんなに「クマ・クマ」と呼ばれて親しまれていた。特別仲が良かったつもりはないが一緒に帰ったり同じ係をすることが多かったと思う。班旗をバットの代わりにして小石を打って遊びながら帰るときに私が小石を空振りするのをクマはバカにしたがあまり嫌な気はしなかった。その頃はバカにされてもかわす術は身につけていたし多分私はクマの頭のわるさをバカにしていたのだ。その頃とは小6である。私も熊沢も通学班の班長で各々班旗を持っていた。

もうひとりネギと呼ばれる友人がいて彼も班旗に小石を当てることができた。彼もまた班長だった。やはりサッカーをやっていたがサッカーに行くのが嫌で土曜日の帰りに坂の上のところの縁石に腰かけてサッカーが始まる時間まで粘ったことがある。帰りが遅くなれば親も諦めるだろうと判断したのだ。遅くと言っても土曜日だから1時とか2時だった。私は帰りが遅くなることに少しわくわくしたがネギからしたらサッカーをさぼる当事者だし本当は気が気じゃなかったのかもしれない。坂の上で粘ったのはそこが私とネギの通学路が分かれれる地点だったからである。そこから私の家は5分くらいだったがネギの家は遠くてさらに15分くらいはかかった。国道があって歩道橋を渡らなきゃなので高低差もあった。