意味をあたえる

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母マシーン

昨日の記事の終わりで、私は母にドラゴンボールで悟空たちがブルー将軍に追いかけられて、矢が飛んでくる穴ぼこだらけの通路を命からがら通過した、というエピソードは、テレビ放送する前に既に見て知っていたことを話したが相手にされなかった、と書いた。
「夢を見た」
と私は説明したが、私は夢を見ていたわけではなく現実に見ていた。しかしそのまま現実だと話しても信じてもらえないと思い、便宜的に夢ということにしたのである。しかし一度でも「夢」というカテゴリに押し込んでしまうと、途端にふわふわして現実感を失うのが現実なのである。だから、もう今となってはドラゴンボールも、夢だったのかもしれない。

何にせよ母はそういう、非現実的とかオカルト的なものには、極めて薄い反応しかしなかった。それが、彼女の素のキャラクターなのか、母親だからそう簡単に動じてはならないと心がけていたのか、自分が親になった今でも判断できない。昔、私が部屋でひとりでいたら突然
「ザッザッザッ」
と足音が聞こえてきて、しかも足音は段々と大きくなり、大きくなるということはこちらへ近づいてきているということだから、私はパニックを起こしかけながら、台所の母の元へ飛んでいった。当時の私の部屋と台所は部屋の端と端で、廊下で一直線につながっていたので、私はまっすぐ飛んでいったのである。母は洗い物だか揚げ物をしていて私に背を向けて立っていた。私は背中に向かって足音の件を報告すると、
「で?」
みたいな反応をされた。彼女はいつでも自分がまず何をすべきかを考えている女なのである。私はとにかく部屋へ出向いて、足音の原因を一緒に探って欲しい旨を伝えたら、面倒くさそうにされた。それが「怖いから面倒なふりをしている」という感じではなく、「家事が忙しくて面倒」という風だったので私はムカついた。そういえば、私は先ほど台所まで「飛んでいった」と書いたが、実際は足音を立てずに摺り足の最高速度で移動した。どうして非常事態に足音を消すのか、私は確かその最中にも妙に冷静な自分に苦笑した。足音の主に勘づかれずにこの場を離れる、とか思ったのかもしれない。とにかく、私のそういう冷静さが仇となって、母に私の恐怖が伝わらなかったのかもしれない。それでも、なんとか頼み込んで、母に部屋に来てもらうが、足音は消えていた。母はすぐに台所へ帰っていった。

他にもある年に大勢でいくキャンプみたいな行事に参加して、バーベキューをしたり川遊びをしたり泊まったりしたときに、最後に参加者全員で写真を撮ったときに、どう考えてもこの世の人じゃないようなのが写り込んでいた。私はすぐに
「心霊写真だ!」
と大騒ぎし、母に当該箇所を指し示したが、
「影になっているだけだ」
とまったく取り合ってもらえなかったので、私は悔しかった。ちなみにそのときは、川で捕った魚を塩焼きにして食べたら不味いので、父に押し付けたら
「これは生だ」
と言い、焼き直すことになった。しかし、こちらはもう食べる気自体なくなったので、私は川遊びに夢中になったふりをして、もう魚の存在など忘れた風を装って結局魚は父が食べた。

一方父親の方は、顔つきこそ母親以上にリアリスト風であるが、金縛りにはよく遭うし、幽霊も見たことがある。幽霊に関しては、施設で亡くなった人の服だか物を引き取り、別室に保管しておいたら夜中に大きな音が鳴り、見に行くと白い亡霊が立っていた、という話を聞いた。父は障害者の自立支援施設で働いていて、当時は頻繁に泊まり仕事があったのだ。それと金縛りにあったときに薄目を開くと、山羊の亡霊が体の上に乗っていて、山羊というのはやはり、施設で飼っていたもので、それがある夜野犬に殺されてしまい、助けなかった父を恨んで化けて出てきたらしい。本当かよ、と聞きながら思ったが、父は冗談とかギャグなどを言わない「ゆるめの亭主関白」というタイプだったので、私は信じざるを得なかった。真偽はともかく、施設の仕事の大変さが伝わるエピソードである。施設は山の中にあって、今はとなりがゴルフ場になっていて、野犬などは出ないだろうが。ちなみにその施設の土地の地主が私の中学の担任の親だったときがあり、そのときは、
「あまり先生に逆らわないように」
と注意された。