意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

心のぜい肉

インスタグラムがはやりだした頃にある芸能人の投稿を目にし、それは男の芸能人だったが撮影された写真から自意識があふれ出ていて辟易した。同時にプロのカメラマンはすごいと思った。同じ芸能人の写真でもテレビや雑誌で紹介されるその人はまるで容姿について無頓着な風に写されている。どうして頓着しちゃいけないの? と聞かれると答えに窮するが前述の写真について私は見るに耐えない、と思った。


さっきインターネットの文章を読んでいたら書いているその人の容姿について「下の上」と表現していてその先を読むのが困難になった。つまり本人は「中と言うのははばかられるけど私より下の人は確かにいる」と言いたいのである。「中の下」と表現せず「下の上」と「上」で終わらせるあたりにプライドの高さをかんじる。つまり心のBMIは高めということである。実際読んでいる人はその人の容姿にはまるで興味はないので、結局は自分(自意識)との戦いなのである。プロのカメラマンの文章バージョンがいるなら容姿の特徴を淡々と書いて読んだ人が勝手に「中の下くらいかな」と思う風に落とし込んでくれるだろう。中の下にどんな需要があるかは知らないが。


私についても自意識には悩まされがちな部分はあったがそれでも容姿については落ち着いてきた。最近は鏡を見ても「老けたな」の思うくらいだ。自分を老けたと思うのも自意識だろうがもっと若い頃は「角度によってはイケメンだな」くらいは思っていた。