出張で品川へ行った。朝9時に向かったので電車は満員だった。電車に乗ると乗客たちは皆自分の端末に見入っている。その必死さに押されて私は何もできなくなった。何をそんなに詰め込もうとするのか奇妙だ。タイパというのはぼんやりとする時間を作るなという意味だろうか。私は自分の呼吸に集中した。ユヴァル・ノア・ハラリがそうしていると読んだからである。あと数年前に受けた瞑想の研修でも同じことが書いてあった。私は自分の呼吸を数えたり踏ん張ったり弛緩する筋肉に集中して品川に向かった。あるいは私も何かから逃れようとする観点では言えば端末に見入る行為と同じなのかもしれない。その文脈に合わせるなら私はぼんやりするスキルを身につけたい。方法として揺れる電車の角度に対応する私の筋肉を追うのは良い方法だ。不快感がどこ発信なのか突き止めるのも良い。後ろに立つ人の足を踏んづけたときの気まずさがどこからやってくるのか分析するのも良い。
目の前に人物が草むらでここに良さそうに横たわるポスターがあってそれが紙なのか人なのかを考えたら複合リズムのことを思い出した。複合リズムとは簡単に言うと左手で三角形を空中に描きながら右手で四角形を描く行為のことである。私は昔ドラムをやっていたときに先生に
「複合リズムは四角形をベースに考えるべきか、三角形をベースに考えるべきか」
と質問をしたときがあってすると先生は少し考えてから
「両方」
と言った。その考え方を拡張するなら目の前のポスターは紙でありながら人物なのである。それを腹落ちさせることが悟りというものかもしれないと思った。
品川駅はアーケードにたくさんのサイネージがぶら下がっていてディズニーランドのようだった。誰もが私よりも早いスピードで歩いた。ニューデイズで待ち合わせしましょうと言われたが見つからないうちに駅の外に出た。そこから見える光景は空中庭園のようだった。むちゃをしたい気分だったが同行者が
「僕はパンが好きなんです」
と言うから私もパンを買った。ファミリーマートで私のお気に入りのパンを教えた。声を張り上げる店員がいてやはりここはディズニーランドかもしれないと思った。そこらじゅうに机とイスがあって各々が自分の端末に向かい合っていた。私はそこでひたすら同行者の愚痴を聞かされるのであった。