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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

弟の嫁

弟が結婚するという話を聞いた。それは母からであり、私は母から聞くという手段しかないのに母は、
「ねえ、知ってる?」
と切り出した。手段しかないと書いたがよく考えてみると、本人であったり妹であったり、あと叔父から聞かされるというパターンもじゅうぶんにあった。一時期叔父と弟はよく連絡を取り合っていて、私は叔父からよく弟の近況を聞かされたりした。ようやく全国の細かい道路まで広がったGoogleストリートビューで、弟の家を教えてもらったこともあった。私の中ではストリートビューとは都内とか一部の都市部の主要道というイメージで止まっていて、まさか私の住まいまでうつしだされる日が来るとは思っていなかった。それを日本語入力をローマ字でできず、かな入力で行う叔父に教わるとは夢にも思っていなかった。叔父が夢に出てきたことはない。しかしもしかしたら、昨日の忘れた夢の主要人物は叔父だったかもしれない。叔父は癌で、よく「医者は冷たい」とこぼしていた。しかし叔父は営業職で調子が良く、看護婦に医者の悪口を言って、楽しくやっているようだ。昨日私は叔父に会って、すると叔父はこの前の雪の日にお客さんの車のタイヤを十台替えたという。さすがに腕が上がらなくなった、と、腕の心配をするからだいぶ加減はいいのかもしれぬ。これは虚構ではなく現実だから、良くなってきたからと言っていきなり死ぬわけでもないだろう。現実では死は平等だから。この10年で何人かの人が死に、それに伴って何人かが醜くなっていくつかの関係が壊れた。

弟の嫁にはまだ会っていないが私の両親は会った。そのために父は自分の部屋を片付けた。私の家では父の部屋は客間を兼ねていた。父はたくさんの本だとか資料を捨てた。かつて私の家には居間と父の部屋にしかテレビがなく、チャンネル争いが起きると立場の弱いほうが父の部屋に退いた。父の部屋にはソファがあって、お尻の小さい私たちはよく、ソファの肘掛けに腰かけてテレビを見た。テレビの周りには漫画があって、父はちばてつやとかゴルゴ13が好きであった。シティーハンターも好きだったが、なぜか最終回の直前の巻で買うのをやめてしまった。もっこりにつき合いきれなくなったのか。その部屋に弟は自分の配偶者を連れてきて挨拶を行った。私は母に感想を聞こうと思い、
「どう? うまくやれそう?」
と訊いたら、
「うまくやるとか、わたしには関係ない話だよ」
と一蹴され、私は母の合理的思考に、改めて感心した。一方の私は20年以上も一緒に暮らした人に愚かな質問をし、自分がつまらない人間になってしまったことを悟った。人は変わるのである。あるいは「関係ない」は余程腹にすえかねる人物だった、ということの言い換えなのかもしれないが。