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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

歯医者にほめられた

一昨日子供とカールを食べていたら突然その中に石が混じっていて「がちっ」と歯が音を立てた。すぐに石ではなく歯の詰め物が取れたんだろうと判断し口の中に指をつっこみ取り除こうとしたが見つからない。飲み込んでしまったのだろうか。しかし柔らかいと思い込んだ口の動きで固いものを噛んだときの不快さといったらないからこちらは必死で探すが見つからない。逆に詰め物が取れたのなら歯にへこみができるから歯の表面をなぞるが特に問題はなさそうだ。歯の穴というのは舌でなぞったときと指で触れたときの感触がぜんぜん違うから慎重になぞるが変化は見られない。子供が私を奇異なものを見る目つきで見るが私は見る余裕がない。余裕がないのに子供の目つきを描写できるなんて不思議だがこの文章には神の視点があるのだ。せっかく気持ちよくカールを食べていたのに気持ちが萎えてしまった。ただでさえカールは歯に付着して食べ終えた後に難儀するのに万が一歯に穴があいていたらそこにびっちり詰まってしまう。カールと言えばさくらももこがエッセイでカブトムシの幼虫の比喩として「カールのようだ」と書いていたことがある。実にリアルである。さくらの父は八百屋で市場にはカブトムシの幼虫だとかも売っているそうだ。


歯には異常がないので放置しようと思ったがその後も食事のときに「がちっ」となるときがありしかも水を飲むと染みるから「やっぱり歯医者に行こう」と思った。近所の兄弟でやっている歯医者である。兄弟といっても兄弟以外の人も従事している。幸い今日が休みなので昨日の時点で連絡して予約を取り付けることができた。9時半である。9時15分に家を出て近所だから3分くらいでつくが私は早く行けば早く呼ばれるかもしれないと希望を抱いて家を出た。妻などはどういう神経をしているのかぴったり着くことにこだわりすぎる習性がある。この手の習性の人は若い頃から一定数いて別に珍しくもないが私は年をとるとだんだんとそういうのがしんどくなってきた。妻は私と10年以上暮らしていてまったく私の影響を受けないのである。


歯医者には9時20分ころに着いてそうしたら混んでいて近所の気にくわない爺さんがいたから気付かないふりをしてやり過ごそうと思ったら向こうから挨拶してきたので私は歯が痛くてたまらないという雰囲気の挨拶を返した。大して親しくもない私に挨拶するくらいだから相当の出しゃばりである。確か昔は広島だとかに住んでいたとか聞いた。出しゃばりらしく同じ待合いにいた老婆にさかんに話しかけ「後悔先にたたず」だとか話している。ことわざ自慢だろうか。爺さんは私より後に来たのに先に呼ばれて不愉快だった。


歯医者は私の口腔内をひととおり点検した後「何の問題もない」と評価したが私が「詰め物がゆるんでいませんか」と訊くと「本当だ、大正解」と喜びその後治療が終わっても「よくわかりましたね、さすが」と盛んに誉めてくれた。何が「さすが」なのかわからないが私は半年ごと律儀に定期検診にこの歯科医院にかかっているので「さすが私の顧客だ」とでも言いたいのかもしれない。しかし私は嫌な気分ではなかった。