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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

大田区のマンションを

大田区で絶賛売り出し中のマンションを買いませんかという電話を数日前に受けたが、とちゅうで切ってしまいごめんなさい。私としては自分が購入するつもりがないことを、多少不機嫌そうな態度をとったものの相手にも納得してもらおうと思っていたが、妻がきてしまい、妻は私がこの手の営業電話で話していると不機嫌気なって
「切ってよ」
と言うから切らざるをえない。もちろん私としても正直に
「妻が来ました。もうお話を続けることができません」
と話したいところだが、相手はそういう私の発言をネガティブワードとしてとり、一切耳を傾けず、「買いましょう」としか言わない。私は買わない理由として、

1、節税するほどそもそも税金を納めていない(収入がない)し、私はいくら国会議員や官僚が身勝手で馬鹿ばかりだといっても、自分でどこかに募金するよりもきちんと納税するほうがよほどみんなのためになるから、むしろ節税なんかしたくないのである。

2、老後の不安の解消というが、老後までまだ20年30年あるが、そんなときまで資産価値が維持できているのか疑問だ。空き室のリスクについて質問するといつも「問題ない」と返ってくるが、家賃の補償はしてくれるのだろうが、古くなってきたり壊されたりした場合の補修費用、リフォーム費用まで面倒を見てくれるのか。私はこうしたことが不安であり、結局は老後の不安が投資の不安に移行しただけで、というよりこれでは不安の積み増しではないか。

というのがあって、以前はそれを対話方式で説明すると、「よくお勉強されてますね」とむしろ褒められて向こうから引き下がってくれたが、最近はあまり通じない。そういう私の回答がサンプルとして出回り、そう言われたらこう、みたいな対策が練られてしまったのかもしれない。「老後、老後」とあまりにうるさいから、「死ぬまで働きますよ。働けなくなったら死にます」と言ったが取り合ってもらえない。この言葉を私自身、どこまで本気で言っているのか計りかねるが、しかし自分で稼いで食って、稼げなくなったら食えない(死ぬ)は基本中の基本であり、昨今流行っている「お金にお金を稼がせる」みたいなのは例外なのである。例外なのだから好き嫌い・得手不得手があって当然なのだから「乗り遅れるな」みたいな論調はおかしい。

大田区の営業は「自己投資してますか?」と質問し、私は「してます」と答えると満足している風だった。しかし私のしている「投資」とは主には運動のことであり、私は健康、とくに足腰については年をとっても維持させようと努めており、むしろ老後の備えとはこういうのを言うのではないか。