『JAM』の「乗客に日本人はいませんでしたと嬉しそうに」の下り、なるほどと共感する人もいれば「そういう報道になるのは当たり前だろ何言ってんだ」と言う人もいるわけですけど、その後に続くのが「こんな夜は君に逢いたくて」なんだからどっちに転んでも他人の不幸を口説きに使うクズだからな。
— ズイショ (@zuiji_zuisho) 2016年4月3日
さっき上記のツイートを読んで、なるほど、と思った。私はこの曲は十代の終わり頃に初めて聞き、また当時はバンドを組んでいてコピーして演奏もしていたが、今の今までそういう発想はなく、完全に「嬉しそうなニュースキャスター」と「君にあいたい俺」を分けて考えていた。嬉しそうなニュースキャスターについて、両親に意見を求めると、
「別に嬉しそうに報告しているわけではない」
と返された。まったくその通りだと思った。そういう火のないところに煙を立てるというか、ある種の被害妄想的な繊細さが、ロックをロックたらしめるのではないか、と思った。
しかし私はもし本当に嬉しそうにバッドニュースを伝えるニュースキャスターがいるとしたら、それは素敵なことだと思う。私はニュース番組(というかテレビ全般)を真面目に見れないのは、深刻なニュースを深刻そうに伝え、嬉しいニュースを嬉しそうに伝える出演者の芝居がかった態度のせいだ。それこそ他人ごとなのに、何をそんなに真面目くさって伝えるのか、私はいつも笑いそうになってしまう。口では悲しい辛い難しいと言うが、頭の中は終わった後の焼き肉とか性行為のことで満たされているくせにとか思ってしまう。もちろんこれは亡くなった人の遺族の気持ちに寄り添ってとかそうではなく逆で、もっとあっけらかんと、無味乾燥に伝えてほしいのである。それこそ文字のように。あるいは私が感じすぎるのだ。
もうひとつニュースキャスターと「君」を分ける理由として、私は昔カラオケによく行く機会があり、そのときにTHE YELLOW MONKEYの「JAM」を歌ったら、該当の
「乗客に日本人はいませんでした」や、
「君に逢いたくて」
のぶぶんがどうも海援隊の武田鉄矢のような、説教くさい歌い方になってしまい、どうにもいけない。当時武田鉄矢は「3年B組金八先生」というドラマをやっていて、とにかくそれが毎週毎週説教説教の毎日で、生徒も父兄もみんなうんざりしてしまうような話なのだ。私があのドラマでどうにも納得できないのが、最終回でどういう物語構造なのか、海援隊の残りのメンバーが登場し、主題歌を教室で歌い出すのである。もうメタもへったくれもない感じである。ふつうプロの歌手がやってきたら、わーとかキャーとか言いそうだが、生徒たちはまるで近所の歌好きのお兄さんたちがやってきたかのように振る舞い、自分が人生の主人公だという立場を決して譲ろうとはせず、女子などはむせび泣く。それはもちろんスターに逢えた嬉しさで泣くのではなく、卒業だから泣くのだ。
だから私にとって上記の歌の「君」は、もっと男臭い存在なので恋愛対象とならない。
※取り上げた歌はTHE YELLOW MONKEY「JAM」(作詞作曲 吉井和哉)
歌詞は正確には、
「外国で飛行機が墜ちました ニュースキャスターは嬉しそうに「乗客に日本人はいませんでした」」