意味をあたえる

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脳を支配する

【3868】 コンサータによって自己の連続性を失いつつある | Dr林のこころと脳の相談室

読んでいて興味深かった 精神に疾患を抱えた人は自己が相対化されてしまうのである 私はそうでないから多少気を抜いてもなんでも「いつでも私である」と強く思い込んでいる だから感情に流されて何かしらの問題を引き起こしたときでも最終的には自分で引き受けるべきだと思っている それはときにはつらいことであるがそれでも「それは自分の問題ではない」となるよりはずっとマシなのである 問題を起こせば何かしらのダメージを追うが勝手に「免責」となればそっちのほうが辛いのである 辛いというか自己を損なう


私はそういう経験がなかったから自己の連続性というのも言葉では知っていても深刻に考えたことはなかった あるいは今でも「精神だけは裏切らない」と勝手に思いこんでいる だから引用元の「脳を支配する」という言葉に目新しさをかんじた 例えばこの先の人生で手が動かなくなるとか視力が衰えるとかそういう可能性はあるだろうが当事者になったときに戸惑いはしても驚きはしないだろう 何故なら身体のいちぶが何らかの不具合で「私」の支配下を外れることはあり得るからである しかし脳だけは別だと思っている 脳は常に支配下にあって支配できないとはすなわち死なのである しかし実際は100%の支配下と死のあいだというのがあって私たちはたまたま脳の部位が身体や言語能力を司っていることや、また精神にも意識と無意識というものがあるという予備知識があるから 常に支配下におけない想像はつく しかしそう簡単に「私」を相対化できるはずなどないのである あるいは「できるはずない」という私の考えが精神疾患者を遠ざけているのかもしれない