意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

犬を広げる

帰り道に道いっぱいに犬をひろげている人に遭遇した 私は面食らったのである 実際に犬は二匹で飼い主の男はリードを左右の手に持って目一杯のばしのばされた先の犬は道の左右に広がっていた 男は袋を胸のところで背負ってそこには糞取り用のスコップだのが入っているのだろうと予想した また犬たちは男を中心とした衛星のようであった


何にせよ道いっぱいに広がるのは迷惑であった 車が来たらどうするのだろうと思った矢先に車がきたがその車は直前の交差点で右折していってしまった しかし道路の両端まで広がるなんて余程仲の悪い犬なのかもしれない 私は犬を飼ったことがないので二頭の距離と相性の良し悪しの関連は説明できないが

だめだって

私がコンビニに行こうとすると入り口の前で大人の女に「だめだって!」と叱責された すぐにそれが私に向けたものではないと理解したが女は店内にいた子供に向かって言っていたがよそ見をしていてよそ見の先が私だった 私は「何がダメなんだろう」と考えた


店内で飲み物を物色していたらエロ本コーナーがあってひとつの表紙が最終刊で見出しに「かつてコンビニでエロ本が買える時代があった」と書いてあって妙に感動した エロ本制作者にも矜持があるのか そう言われると寂しくなる でもそのうちにエロ本という言葉も通じなくなる気がする コンビニで買えたよと言ってもピンとこないのではないか エロ本は18歳未満は買えない旨が記載されていて18歳になっていなかった私は買ったら店員に叱責されることを恐れ書いていないものを探した 

明日がまたくる

本が洗濯物に埋もれてどこかに行ってしまった 考えてみるとそこかしこに本がある部屋である しかし私はここのところぜんぜん本など読んでいないのである 去年は確か「三国志」や「モンテクリスト伯」などザ・読書みたいなことをした 一昨年だったかもしれない


名文ぽいのを思いついた

 
「親は子をむさぼり、味わうのである」


鬼子母神だろうか さすがの鬼子母神も自分の子は別格なのである 

映画は5分でいい

キングヌーの「The hole」という曲のMVを気に入って20回くらい見ている なんせ5分程度で終わるから手軽なのである すっかり世界に入り込んでしまい登場人物になりきって車を運転してしまう そう考えると映画も5分で十分だと思う 

文章に気持ちは乗せられない

昨日あたりはひさしぶりに「書きたい」という気持ちになった いじめの、しかし本当は大人との断絶を書きたかった 自分がいじめを受けた当時から30年近くが経って親になって今子供がいじめを受けてどうしようとなってもきちんと対処できる自信がない ちょうど仕事が忙しいから仕事の誘惑に負けて仕事に逃げてしまうかもしれない とにかく仕事というのは手っ取り早く隠れ蓑になるからありがたい


もしかしたら私の親もそんなかんじだったのかもしれない 私の父は仕事人間だったので私の受けたいじめについてアドバイスはすれど行動にでるとは思わなかった だから大人になって母から「あなたの父親はあなたがいじめを受けた帰り道に後ろから車で様子をうかがっていた」という話を聞いて少し滑稽にかんじたそれが解決の糸口につながったのかは不明だ どちらかと言えば親としての役割を果たすために私の帰り道に立ち会っただけなのかもしれない とにかく役割を演じ続けなければ父親という立場はすぐに崩れ去ってしまうものだから 私も親となってそれはかんじた 意識的にふんばらないと親でいられないのである もちろんそれを子供がどう評価するのかはまた別の話なのだが 父親の威厳というのはとっくの昔に形骸化したし不完全な自分が上から物を言うなんてと思う それでも親であることを意識しないわけにはいかないのである


今日になってあるメールの返事がきた あるメールとは仕事でクレームを受け私が「気持ち」を込めて書いたメールである 書きながら「うまく書けないだろうな」と思ったがやはり打ち損じたような内容になった 逆なのである 気持ちがあって文章があるのではなく文章が気持ちをつくるのである 文章に込められるのは文字だけである もちろん感情や衝動がなければ踏み出せないがどこかで見放さないと的をはずすのである

へっちゃら

娘が「学校へ行きたくない」と言った理由 - バンビのあくび

ブログでは何度も書いたが私は小学生のときにイジメを受けていた 引用元のえこさんは子供のイジメについて「夫の協力を得られなかった」と書いている それで私は私がいじめられていた当時父がこっそり私が下校する様子を車で後をついてうかがっていたことを大人になって母に聞かされた 私はそれに衝撃をうけた 父が仕事人間だったことは私は子供の頃から知っていた 私のいじめに無関心だったわけではないが「やり返せ」とか「校長に言って学校をやめて来い」という私に変化を求めるアドバイスが父の場合でそこには私に対する叱責もあると私は受け止めていた そして担任に相談したりとか具体的な行動をとるのは母の役割だった そう思っていたから父が車であとをついてきたという話には驚いた しかしあとをつけてどうだったかについては母は教えてくれなかった 忘れてしまったのかもしれない


私は父のケンカのアドバイスでいじめる側にケンカを仕掛けうまく行ったりいかなかったりしながら距離をとる術をおぼえ最終的に学年が終わってクラス替えでいよいよ関わりがなくなってイジメは終わった 


ところで父のアドバイスで「校長に言って学校をやめさせてもらえ」というのがあったが別の学校でそれを行った生徒がいたことを後から知った 当時は割とポピュラーな手法だったのだろうか とにかく噂として耳にし私は「やらなくて良かった」と胸をなで下ろしたがそういうところで蒸し返されてしまうのが残酷だ。イジメから学べることのひとつはイジメる側はこちらのリアクションを楽しむからこちらはけろりとしていればダメージをおさえられるということだ だからその人も「昔校長に学校辞めるって言ったんでしょ?」と蒸し返されても「そんなことあったねー」みたいな反応をするに違いない しかし心の中は穏やかではないはずである


あるいは誰でも成長の中でそういう手法を身につけるのかもしれない とにかく普段の生活でへっちゃらを装わなければならない場面は今でもたくさんある

やさしさは人を遠ざける

散歩をしながらぼんやりとしていたら昨日の続きでやさしさは何を遠ざけるんだろう、結局と思った それで結局のところ人ではないかと思い至った 私は昔からやさしさについて考えていてそれは子供の頃から「やさしそう」と言われる外見だからやさしさが身近にあるからそれを定義する機会が多かった それで村上春樹が「やさしさと親切はちがう」とどこかで書いていてそれで決着はついて私はやさしい人間ではないと思い至った


ところがどうだろう、私はいつのまにかやさしさを志していたことに今日気づいた 人にやさしくしようとしてその度に傷ついていたのである 私の人生のしんどさの何割かは知らぬ間に巻いたやさしさから発芽したものだった 十割かもしれない 多くの人はやさしさと親切をはっきり区切ってはいないだろうがそれでも「やさしい人は強い人」というイメージは持っている 私も同じで私は「弱い人間だからやさしさはまだまだ」と認識していた ところが意識しないところでやさしさの種をまきやさしくなるようこうどうしていたのである てっきり私はそれを自己顕示みたいな人生の贅肉的なものととらえていたが全部が全部そうではなく私はやさしい人間になりたかったのだ


ただそうなると私は強くならなければならない やさしさの行き着く先は孤立なのである