意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

エレベーター屋さん

昼前に立て続けに知らない番号から着信が入っていてそれは昼になってから気づいたのだが立て続けに入っているかんじが切迫している印象を与え念のためその番号を検索しても不動産屋などは引っかからないからいよいよ私を知る人が何か急の用があってかけてきたんじゃないかと不安になった そのときはすでにカップ焼きそばにお湯を注いだところで話が長くなって麺が伸びたらやだなあと思ったがかけてみることにした 今朝は起きるのが遅くて弁当を詰める暇がなかった すでに子供は夏休み直前で上の子は試験休みに入っていて朝起こさなくていいのは楽だがこちらの調子も狂ってしまう 昨夜は何せ眠くて布団に入る前に座敷で横になったらほっぺたに痕がついたらしくその後歯磨きに行ったら妻に笑われた エアコンの効きが悪くて妻は機嫌が悪くこれは特別暑い日だったからエアコンが負けたのだ 今日はいくらか涼しくかんじ昼間も「昨日ほどじゃないですね」と言ったが誰も同意しない 一人埼玉人みたいだ 埼玉の人は暑い夏に馴れているから30度の前半くらいの気温では涼しくかんじるという 昨日は栃木で雨が降ったせいでそういえば昨日の夜は風が涼しかった 今日もその余波なのか夜になるとエアコンなしでもいけるんじゃないかと思ったが風呂上がりにはつけた


電話をしたら男の人が早口で話し始めこっちが「?」という反応をしたら「エレベーター屋さんですよね?」と言ってきてもしかしたら「エレメント屋さん」かもしれなかったがとにかく「屋さん」は聞き取れて私はしがないサラリーマンなので「ちがいますよ」と否定したら「すみません」と終わった まだ焼きそばの時間は1分以上残っていた

栃木で雨

栃木で局地的な大雨が降っているらしくそのためこちらでも涼しい風が吹いていた 今夜は冷房もあまり効かないくらい暑い 会社の建物の中にコオロギが入ったらしく鳴き声が聞こえた この建物には昔蛇がいた 蛇は外の壁の隙間から現れ不気味な様子だった 太陽が真っ赤であり火星のようだった 月も赤い

向こうの橋

当たり前だが行きと帰りで同じ道を通っても見える景色は違う 特に車だと走っている車線がちがうので行きに見えていたものが帰りには見えないということもある 今の会社はもう勤めて8年経つが昨日初めて橋を通るときに遠くにも別の橋が見えることに気づいた 帰りに見えたのだから生きも見えるだろうと朝も見てみたがぜんぜん見えなかった 私の橋はとちゅうで大きくカーブしているからちょうど死角になるようだ 代わりに保育園が見える 保育園は朝から庭にプールが用意されている まだ入っている子供はおらず浅くて広い水色のそれは縁日の金魚すくいのようだ 庭を取り囲むように建物があって廊下には壁がなく押し入れに布団が詰まっているのが見える 私はそれを見る度にキャンプのバンガローを思い出す 思えば私はキャンプの好きな子供だった キャンプと言えばテントだがしかし行く度どこのキャンプも泊まるのはバンガローだった 子供のころ読んだ雑誌のキャンプ特集でテントの周りには必ず溝を掘るようにと注意がなされていて私は「城みたいだ」とわくわくしたがついに自分で堀を作る日は来なかった それでもバンガローも山の斜面に建って基礎が丸見えなのとか楽しかった  インストラクターのお兄さんが夜の余興の出し物としてエイトマンの歌の振付をしてくれ「弾よりも早く」というところは今でもかろうじて憶えている 知っている人は誰もおらず確かそのときは小学一年で寂しくもあったが私は気楽だともかんじた


それから早回しで人生は流れ今はまったくキャンプはしないし妻や子供は私が幼いころはキャンプ行きまくったことは想像もできないだろう プロ野球のオールスターの時期にするキャンプもあった 帰りの車のラジオでオールスターを聞いた

ヤオコーカード

近所のヤオコーにいったらレジのパートの女が盛んに「ヤオコーカードはありますか?」と訊いている 若いメガネの男が財布からシルバーのカードを取り出しスマートに読み取り機にかざす 彼は寿司と酒と醤油を購入している セルフ清算レジなのでパートは品物を読むだけであとは「せんさんびゃくえんです」と合計金額を宣言しその途端メガネの男はぷいっと精算機へ向かう おい品物はどうするんだと思ったらパートがカゴを持ち上げて精算機のところに運ぶのである 運ぶと言ってもレジの後ろが精算機だから大した距離にもならないが若い男はパートの女も機械の一部としか見ていないようだった スマホを取り出して決済する様もスマートである 男は自分も機械になりたいのかもしれない


2

見るつもりもなかったがワールドカップの決勝を見た 前半だけでいいと思ったがうまく寝付けないので結局最後まで見た サッカーはとても複雑な競技で勝ちさえすればそれでよしという風でもなかった また負けも良い負けと悪い負けがあった 日本が負けたときはあまり良くない負けであったと友達がラインで報告してきた 彼には去年に子供が生まれ先日熱を出したと相談を受けたが私はもうほとんど忘れてしまったので役に立たなかった 甥がけたたましくなく様子を見て子供とはこんなに泣くものかと奇妙なかんじがした 今日も仕事から帰ると来ていて私は腹が減っていたからあまり相手にしなかった やがて帰るとなったら「帰りたくない」と泣き出し「じゃあ俺が君の家に帰るよ」と支度を始めたら帰ると言って泣き出した 私は「ダメ」とか言うよりもその子が嫌がるようなことをする大人なのであった

ブラウン管テレビ

ブラウン管テレビに「気配」を感じる人々 - Togetter

私も上記記事と同じように例えば家族がビデオとかを見終わったときなどに部屋に入ると画面は真っ暗でも電源がはいっていることがなんとなくわかりリモコンの電源ボタンを押すとぶつっと一瞬画面が光りそれが中心に向かって収束されている様子を見ることができ断末魔のようだと毎回思った 私とてそこまで夢見がちではないので例え画面が真っ暗でも何らかの音が出ているものと分析していたがその正体はわからずいつも「なんとなくわかる」という状態だった 考えるにこれは霊感とかも同じで体は観測してもそれを自覚できない場合には「なんとなく」という感覚になるのではないか 霊がいるかいないかは置いといて何かしらの波動が粒子が私たちの体にぶつかってきているのである いわゆる心因性と呼ばれるものや集団パニックなども物体であり心も物体だ それは直感ではわからなくても例えば大昔の人に「空気も分子なんですよ」と言っても「そう言われてもなあ」というイメージを拡張すればなんとなくわかる 私たちがどうして空気も物体だとわかるのかといえば理科の教科書にドッキングしたピンポン球みたいな図をさんざん見せられたからで結局は刷り込みなのだ そういえばサイモンシンの科学の歴史みたいな本に天動説が一般的な時代からどのように地動説が市民権を得たのかというと結局天動説を信じた人がみんな死んだからで生きていながら天から地にはほぼ行けないのだそう そう考えると人間はいつまでも自分というものにこだわってはいけない・自分を突き放せないと宇宙の外に目を向けられないと思う 私は人生の目的があるとするならそれは相対化でありどこまで「どうでもいい・なんでもいい」という境地にいけるかだと思っている


ところでブラウン管のテレビだが小学校のころの担任があるとき朝の会だかで実家の母親が昼間テレビを消して出掛けたはずなのに帰ってくるとついていて「なんでだろうまだボケる歳でもないのに」と思っていたら原因は近くを走るダンプカーの無線がたまたまテレビのリモコンの周波数とかぶっていて電源が入ってしまうというものだった 私の父もよくテレビの映りが悪いとすぐ「誰かが妨害電波を出しているせいだ」と決めつけていたがそんな父も耳がだいぶ遠くなったらテレビの映りにケチをつけなくなった 一時期はずいぶん大きな音でテレビを見ていたが最近は補聴器をつけるようになってテレビは静かになった

郵便局から磯の香り

朝起きて昼前くらいに郵便局へ行った 妻に郵便物を出すよう頼まれたからである 妻は他の家族とともに日帰り旅行へ行っている 私が行かないのはバスツアーだとゲロを吐きそうになるからである 私は乗り物に弱く子供のころは否応なく親の車だのに乗らなければならなかったが大人なので極力避けたいと思っている しかし仕事で出張となれば新幹線だのに乗らなければならないし家族内でも私の発言権は弱いから結局大人でも子供でも同じだった しかし何年か前のバスツアーでは運転手の運転がとても荒くてしんどかったのでそのときに「二度とバスツアーには参加しない」と宣言してからは乗ってない バスツアーはコストパフォーマンスだかのせいでとにかく予定を詰め込みすぎて結果運転手は急いで目的地から目的地へ移動しなければならない 資本主義というか私たちの安さ至上主義が私を苦しめるのだ


バスツアーにさえ参加しないで済むのなら郵便物を届けるのくらいお安い御用であった 妻は郵便物にかんしては本局至上主義であり郵便物はポストや地方の支局ではまともに届かないと思っている だから私が頼むときはいつも「本局出だすように」と念を押す それでも私が嘘をついてその辺のポストで出すから妻は自分で出すようになった 今日は15円切手というのを買わなければいけないから何にせよ本局へ行かなければならなかった 郵便局は図書館と池のある公園のそばにあり暑くなかったら散歩でもしたい気分だった 春になると桜が咲きそれ以外はホームレスしかいない公園だった 郵便局には最近新しい駐車場ができそこへ車を停めて降りると何故か磯の香りがした もしかして古いテトラポットでも粉砕して撒いたアスファルトなのかもしれない

オブラディ・オブラダ

妻がパソコンを買った 私が選んだ 買ってみたら色んなプリインストールのアプリが「登録しろ」とうるさくて辟易した パソコンてこんな面倒くさかったっけ? というかんじだ 今は仕事でしかパソコンは触らないがあれが快適なのはシステム部の人がセットアップしたものだからであった しかしこの前パソコンが重いから新しいのにしてくれと頼んだら「我慢しろ」と言われた それらのやり取りはメールで行われたので相手がどんな顔でどんなテンションで「我慢しろ」と言ったのかはわからない 昔の職場でUSBメモリがぶっ壊れてどうにかならないかのシステムの人に持ちかけたらものすごく面倒くさそうに「壊れてる」と言われたことを思い出した 私はそのとき立て続けに二本USBメモリをぶっ壊していてこれはむしろ端末の方の不具合も疑ったのである そのときの職場では私は干され気味で暇だったので隠れて詩とか書いてそのUSBメモリに保存したから詩もおじゃんであった 何にせよ今は詩を書く暇はない程度に仕事はあるのでPCが遅いとイライラするから替えろと言ったら我慢しろと言われた


とにかく新しいパソコンはあれをアップデートしろだの登録しろだのこれならスマホの方がずっと楽だと思った