意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

途中式(31)

三谷さんの降格はむしろもらい事故的な雰囲気があったが三谷さん自身はそのことを我々には教えてくれなかった T所長も同じでT所長はなるたけ私たちと距離を置きたい風であった たまに隣室から私たちのラジオがうるさいと苦情を言うことがあった その頃ラジオ番組も改編があってそれまでのパーソナリティが大阪に行って代わりに元芸人の人が番組を持ったが何故か彼女は元芸人であることを隠している風であった 前のときは積み荷当てクイズというコーナーがあって立川が「俺も出るか」と言っていたが出る前に番組は終わった 立川はラジオによく投稿していたらしいがついになんて言うラジオネームか教えてくれなかった 新しい番組はやたらと「女性のための」を強調するので私たちは疎外感を持った やがて誰ともなく「別にこの局じゃなくていいんですよね」と言い出しじゃあ新しい番組探そうとなってそういうときにいちばん張り切るのは決まって淀川だった 淀川は私の「ラジオの下に固いものを置くと音が良くなるんですよね」という言葉を真に受けホームセンターでコンクリートブロックを買ってきたこともあった 音は良くなったのか結局ノイズが入るからよくわからなかった いくつかの局を試したがやたらと年寄り向けだったりあと声がガラガラの女子プロレスラーみたいなパーソナリティだったりしたので結局いつもの局に戻った ラジオというのはどの番組も馴染みづらいもので少し辛抱しないと面白みをかんじないものなのである そのうち立川が別室の作業の時に自分のiPodを流すようになってみんなそのときは自分の曲を流すようになった

途中式(31)

2014年に突然社長が交代すると事態が変わりやたらとコンサルタントの人が出入りするようになった 私たちの作業場は相変わらずほっとかれたままだったが(誰かがそれを「ツンボ桟敷」と呼んだ)各事務所の整理整頓が行き届いているかを見回っているらしくたまにブロック統括が避難してきたりした ブロック統括がくると必ず近づいていくのが日比野さんで日比野さんは統括が帰るタイミングで近づいていって駐車場で何かを話すのだった 私は駐車場に面した部屋で昼を食べていたからその様子をよく見ることができた 日比野さんなりの防衛策だったのだろう


対するT所長は新社長に取り入ることに成功したのかあるとき日比野さんは本社に呼び出され結局そのまま帰ってくることはなかった その日の朝スーツを着た日比野さんを見たのが最後であった 私はスーツ姿の日比野さんを見るのは初めてだった 日比野さんも着慣れていないのは明らかで肩のあたりのサイズが合っていなかった
「ちょっと本社に呼ばれちゃいまして」
と私に告げたが日比野さんとしてもかんじるところはあったのだろう 本社は東京にあるが直行を認めないのがいかにもT所長らしかった その余波なのか日比野さんがいなくなってすぐに三谷さんも降格した

途中式(30)

事務リーダーの日比野さんは夏になると短パンを履いた メガネをかけていてよく通る声を持っていた 男である 倉庫内で大きな声を出すとよく響いた 鴨下も声が大きくてよく響いた 対して私は大声を出すとすぐに喉が痛くなって相手にもまったく届かなかった 通らない声であった カラオケで歌を歌うとすぐに頭が痛くなってそういう人は腹から声を出せていないらしい 音大出の人がそう教えてくれた 日比野さんは音大出ではなかったが明らかに腹から声を出せていた 短パンと相まって体育教師に見えた オッサンくさいよう革製サンダルも体育教師度を上げていた 実際に公務員試験を毎年受けているようで休憩中にはテキストを開いていた 結局短パンなのかテキストなのかわからないが日比野さんはT所長に嫌われていた 嫌われていたというと一方的だが日比野さんも嫌っていてこの2人はしょっちゅうケンカをしていた ケンカだけでなく日比野さんが朝礼をボイコットすることもあった 朝礼は毎週火曜にあってその日は8時50分に来ていないと遅刻扱いになる 三谷さんと日比野さんはいつもギリギリだった 朝礼は連絡事項と社訓を読み上げるコーナーがあって連絡事項などをする人はほとんどいないが月に一度三谷さんが
「玄関マットの交換日です」
と伝えた ちなみに三谷さんは私以上に声が通らず小声で早口だったので玄関マットの交換もほとんどの人は聞き分けられていなかった しかし毎度同じ内容なのでまったく支障はなかった 私は玄関マットの交換日が第何火曜日なのかついに覚えられなかった


日比野さんが朝礼をボイコットすると最後に話をするT所長はわざと機嫌の良さそうな調子で
「日比野は?」
と事務に訊ねる 事務の市川さんが決まって
「早出の手伝いに行ってます」
と答える 実際に早出の営業がいて納品書だのを作成するから日比野さんの不在にはきちんと根拠があった 常に営業が早出するわけではなかったが早出がいないときは日比野さんは朝礼に顔を出すのでT所長もなかなか突っ込むことができなかった

途中式(29)

淀川については書くことがたくさんあるがそれが書くに値するかはちょっと私にはわからない  私は入社当時から淀川には苦手意識を持っていて一年経たないうちに下関川が入ってきて淀川の標的が移ると私はほっとした 下関川の入社が決まったときに淀川はすぐに
「今度の新人は独身と聞くが独身はすぐ辞めてしまうから心配だ」
などと言ってきて入ってくると
「独特な人だ」
などと急に私を同格に扱うような口振りで話すのであった ただ実際に下関川も独特なところがあって彼自身もそれを認めていた しかし私からすると割と馴染み深い「独特さ」でむしろそういう特徴の人のほうが多いのかもしれない 独特なのは私の方で事実淀川は私のことも「独特の考え方」と評した そのとき淀川は激昂していて私は当時はまだ彼より立場が下だったので平謝りするしかなかった それは事務リーダーの日比野さんが辞める直前の時でそれは結局のところ上司であるT所長にさんざん噛みついたからでしかし淀川はその事実は自分しか知らないと思いこんでいて私が
「日比野さんなんで辞めるんですか?」
と口にすると余計なことを言うなと突然淀川が怒り出した

途中式(28)

鉄骨ばかりを眺める一日であった 雨が降り若い人をたくさん見た 私の靴底がたくさんの雨を吸った 唐揚げを食べたら中心が凍っていて肉のシャーベットだった 妻も子も食べたが冷たいのは私だけだった


高校生がロックを演奏する姿を見て私はとめどなく記憶を行ったり来たりして私の過去を再定義したが演奏はすぐ終わってそうすると不思議なくらい私も考えがぼんやりしてしまいあとは鉄骨を眺めてすごした マシュマロに液体窒素をぶっかけてみたいなのも今年が最後だ 建物と鉄骨はゆるりと劣化していくのに高校生たちの成長は早い 生物部の親方みたいな女の子を見たのはもう二年前だが今はどうしているのか ちゃんとした敬語を使おうとして小さくまとまってしまっていないか心配だ 敬語にうるさいのは淀川だ 入って間もない頃「~っすね」というしゃべり方をする度に怒られた 今思えばそういう言い方が気に食わないのではなく、そういう言い方は気に食わないべきとテレビかなんかで情報を仕入れたのだ だって彼は目上の人にまともな敬語なんて使えないのだから「~じゃねえですか」みたいな言い方をしていた 下関川などはかわいそうに淀川に何度も咎められて敬語の本を買っていた 彼は元々接客の仕事をしていたのだが

途中式(27)

理由は忘れたが私はナイル川よりもアマゾン川のほうが好きだった 長さではナイルに劣るものの「流域面積は世界一」というフォローされる具合も「アマゾン好きで良かった」と思えて良かった ドラえもんアマゾン川が出てくるくだりで現地の人が「ポロロッカがくる」と言って一考は意味がわからなかったがそれは洪水のことでみんなほうほうの体で逃げるのであった ところで川の洪水を鉄砲水というが吉田戦車の漫画でヤクザが鉄砲を漬けた洗面器の水を飲んでいて物陰から少女が「鉄砲水って毎朝おとうさんが飲んでるアレじゃないんだ」と衝撃を受けるのがあって私は何度見ても笑ってしまう 吉田戦車伝染るんですがやっぱり好きで今の話は伝染るんですじゃない漫画で全体としてはあまり笑えなかったが鉄砲水だけは好きだ


通販サイトアマゾンの出現はそうした私の感情もすべて駆逐してしまったのであった


今日は岐阜から人が来ていて帰りに最寄りの駅まで送ることになって話すことがないから越谷の事務所の人が最近離婚したんですよみたいな話しをして「今度飲みましょう」とか言ったら「今ヒマなんで」とか返ってきてよくよく聞いたら離婚したということでそこまで親しくない間柄なのにヘビーなことを聞かされてしかも話のタネにしてしまう私に血も涙もない

途中式(26)

おとついは鴨下の新しい事務所を見に行った その隣は私の新しい作業場があった たくさんの大人の人が口々に感想を言い合い誰かが

「パーテーションはアマゾンで売ってますよ」

と話していた 果たしてアマゾンで売られるパーテーションとはどんなものなのか もちろん私は南アのほうのアマゾンのことを言っている つい30年前はアマゾンといえば川のことしか指さなかった 今の子は通販のアマゾンを先に知るから南アのほうを知ったら物であふれた昭和40年代の神田川みたいなのを思い浮かべるのではないか 30年代か40年代かは知らないが 「ヤング島耕作」でお客から押しつけられたテレビを川に捨てるシーンがあったが若い島耕作電器屋の専務に向かって「おかしい」と指摘するのである 専務から殴られそうになると謎の老人が遠くから
「その若者は間違っていない!」
と島を援護し気まずくなった専務は
「お前の評価は「C」だからな!」
と捨て台詞を吐いて逃げていく 謎の老人に礼を言おうとした島はその正体を見て衝撃を受ける 老人とは初芝電産会長の吉原初太郎その人であった 吉原のおかげで島は後に希望していた広告宣伝部に配属されるのである


しかしおかしいのは話としてはその後にあたる「課長島耕作」では吉原会長と会ったときに島は「これが経営の神様か!」と初対面である風なことを言うのである 私はこのような設定のねじ曲げに大変厳しい