意味をあたえる

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私が小説を書いたきっかけ

夕方になって所長が
「雨が降るぞ」
と言ってやってきて、私は最初「降ってきたぞ」と言っているのかと思い、それなら外に出したものを大急ぎで中に入れなければならないから、私は走った。しかし、多少なら濡れてもいいやとも思っていたから、いい加減に走った。どちらにせよ、走らなければ所長の心象が悪くなるから、私は「ほんとうですか?」なんて、芝居がかった声を出しながら。この前雨が降っていたときに、所長に教えられたときは、確かに所長が教えてくれなければ濡れたから、私はあとから礼を言おうと思った。しかし、近くに先輩がいたから黙っていた。所長は部署の人たちに嫌われているから、私がお礼なんか言ったら変な人と思われてしまう。人は、誰かを嫌いになったら多数の人が嫌っていると思いがちだし、できればそうなってほしいと願う。私はしかし、前ほど所長のことは嫌いでなくなってきた。

私が外に出てみると、雨はまだ降っていなかったので、所長はおせっかいだ、という風に思った。全開にされた扉が鬱陶しい。暗くなった空を、白い鳥が、もうすぐ降ってきますよーという具合に横切った。鳥は二回横切った。白い鳥は、海のそばの鳥のように見えた。そういえば、これは今日の話ではないが、エアコンの室外機の裏に、蛇がいたことがあった。会社は広いから、室外機は三台並べてあった。動いていたのは一台だった。まだ夏がくるまえだった。蛇を間近で見るのはひさしぶりで驚いた。わりに大きいニシキヘビだった。ニシキヘビじゃないかもしれない。しかし毒蛇ではないだろう。毒蛇は、頬のところに毒を入れる袋があるから、ほっぺたのところがふくらんでいる、と昔教えられた。嘘かもしれない。教えられた当時は嘘ではなかったが、あとからあれは違っていた、ということはいくつもあった。教えてくれたのは、定年間近の女の先生だった。25年くらい前の話だ。先生はもう死んだかもしれない。嘘は嘘にならずにすんだ。

それからめきめきめきー! と雨が降った。ぱたぱたぱたー! だったかもしれない。私たちは車に乗っていた。先輩が
「雨ひどいから乗せてって」
と言ってきた。代わりにタイムカード圧しといてあげるから。しかし私はロッカー室で靴をはきかえなければならないから、どちらにせよ出入り口のそばまで行かなければならないので、取引の形としては歪だ。もちろん、ロッカー室が出入り口のそばでなければ歪じゃない、という意味ではない。ところでこの先輩に、
「ロッカー室」
と言っても通じない。更衣室だろ? と訂正される。私は確かにそうだ、といつも納得するのに、気がつくとすぐに「ロッカー室」と言ってしまう。だから何年か前に、更衣室に人間のウンコが落ちていたときにも、最初先輩はどこかのスポーツジムとか、そんなのをイメージしていた。その日先輩は掃除当番で、その後昼過ぎに、
「まじかー」
という悲鳴が聞こえた。私はウンコの件だろうと思い駆けつけるとウンコだった。しかし、更衣室にウンコをしちゃう人もいるのだ。もし途中で誰か入ってきたらとか考えないのか。それほど太い神経じゃないと営業は勤まらないのか。ウンコ自体は太くはなく、小動物のような、コロッとしたかわいいやつだった。しかしウンコはウンコである。私は「山椒は小粒でもピリリと辛い」ということわざをひとりごちた。

私は車を運転しながら、先輩はウンコを処理したから、車で送ってもらっても当然、と考えているのかもしれない。

通りの向こうから、スコップを傘代わりにして駆けてくるサラリーマンが見えた。傘代わりの雑誌代わりのスコップ、と表現するのが正しい。スコップは雪の日用の、角が四角いタイプだったから、まだマシだった。スコップはもともと黄色かクリーム色の塗装がなされていたが、古いものなので塗装は剥げ、錆が浮いていた。
「でぇー、信じらんね。スコップ傘にしてやがる」
と先輩が言った。車が蒸し暑かったので、冷房のスイッチを入れ、それから激しい雨で視界が悪かったので、実はスコップどころではなかった。
「スコップって!!!」

それから雨が一瞬弱まって私にも余裕が生まれ、歩道を女二人組が駆けていたので、私は、
「ナンパでもしますか」
と先輩に提案した。
「あれは二人ともオバさんだよ」
と先輩は乗り気ではなかった。後ろ姿でよくわかるなあと、私は感心した。

それからまた雨足が強くなってやがて駅前についたので先輩を下ろした。先輩はものすごい速さで傘を開いたので滑稽だった。

※タイトルの小説を書いたきっかけについては、書きそびれたので、またそのうち書きます。

※小説「余生」第12話公開しました。
余生(12) - 余生