意味をあたえる

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日光

朝から日光へ行こうと言うのだけれど、私は行きたくなく、最初は私は留守番のつもりで、それじゃあ今日は1日のんびり掃除でもしようと思っていた。夏で暑くてまともに掃除機もかけられず、本棚にもだいぶホコリがつもってしまった。昨日のうちにタンスの上の写真立てとか、パソコンの裏とかやっていたら、シキミが
「つまらん」
と言ってやってきて、しかし暇だからと言って手伝うことはしない。しかし、エアダスターで、シューと吹きかけるのは好きなのでルーターとかモデムの隙間にシューってやってもらった。しかし任せっきりにすると際限なくなって、エアが底をつきそうなので、ほどほどにしてもらった。そのあとシキミはどこかへ行ってしまったので、全体に掃除機でもかけようと思っていたら妻が
「座席を調べたい」
と言ってやってきて、それは東京ドームの座席だ。今度ジャニーズのライブで行くのだ。東京ドームのサイトはかなり凝っていて、座席の上にいくつかのカメラのアイコンが設置されていて、そこをクリックするとそこからの眺めが写真で出てくる。左右にスクロールもしてだいたい240°くらいになって、臨場感がある。しかし肝心の対象物が野球場なので、コンサートのシミュレーションは難しい。それでも妻は熱心に三塁ベンチだのマウンドだのに食い入っているので、私は掃除を断念して外へ出かけた。100円ショップとか行った。

日光といえばいろは坂なので、私は車酔いがひどいから出かけるのは気が進まなかったが、今日の日光は坂のない場所ですよ、と言うのだが本当だろうか。妻は出かける寸前に洗濯機を回し始めて、洗濯が終わる頃にはみんな出かけていないから、干すのは私の役目になるのだが、洗濯機が終わる頃を見計らって一階に降りると家族はまだいて、
「まだ行かないの?」
と訊くと
「一緒に行く?」
というので、私は洗濯物があるからと断ると、
「それじゃあわたしが干すよ」
と妻が言い、私は出かけることになった。妻が干す間に私は着替えたり髪をセットした。

日光という場所に私は行ったことがなくて、もしかしたら行ったことがあるのかもしれないが記憶がない。結婚してから妻も義母もいろんなところに行くのが好きで、しょっちゅういろんなところに行くので、そういうのに興味のない私は、すっかりどこがどこだかわからなくなっていた。たとえば洞窟といえば3種類くらいある。ナミミが数年前の小学校の修学旅行で日光へ行っていたので、どんな感じかと訊くと、
「バスで何人も吐きまくっていた。吐いたのを見て吐く人もいた」
と教えてくれたので、「それは「もらいゲロ」だよ」と教え返した。私は教えたがりなのである。洋服を汚してしまった生徒もいたらしい。私は気の毒に、と思った。たとえば2泊3日で一日目の洋服を三日目にも着る予定だったとしたら、ゲロまみれの一日目は、もう着ることができないので、二日目を二日連続で着ることになる。そうすると三日目に周りは(あの人二日連続で同じ服を着ている)と不審に思い、よくよく考えると一日目のゲロのことを思い出し、いつまで経っても、その人はゲロのイメージを払拭できない。私はナミミと同じ小学校の出だが、私の時代は箱根や小田原だったからセーフだった。私はラッキーだった。私のときには、具合が悪くなって帰った生徒はNくんだけだった。Nくんは朝は元気だったが、バスの中で体調を崩し、小田原城でもうずくまって城には入れず、そこでちょっと無理そうだということになった。Nくんは私と同じクラスで部屋も同じだったから、私は残念だし心細かった。そのころ六年は3組まであったが、部屋は5部屋とか7部屋だったから各クラスがごちゃ混ぜになって割り当てられ、3組からは私とNくんともうひとりしか同じ部屋じゃなかった。宿に着いて部屋から外を見ていると、暗闇の中Nくんの親が三菱の軽自動車に乗ってNくんを迎えに来るのが見えた。Nくんは気の毒である。

ところでその夜、1組の乱暴者が「好きな人大会」の開催を宣言し、これは順番こに自分の好きな人を暴露するという催しだ。そんなこと知っても嬉しくはないが、他にすることもないからすることになった。「いない」と答えると、そのときは2組に今井という女子がいたので、今井ということになった。だから好きな人がいてもいなくても、その夜は誰かしらを好きにならなくてはいけなかった。実は私はその当時かなり真剣な恋愛をしていたから、これはまずいなと思った。乱暴者の注意をそらすトーク力は当時の私にはなかったし、誰か別の人の名を言ってもどうせバレるし、バレなくても困る。開き直ってその名を発表しても、本人に言われるんじゃないかと気が気じゃなくなる。というわけで、私は寝たふりを決め込むことにした。布団の中心で円陣を組み、順番にカミングアウトしていくのだが、私の番がくる少し前に、寝落ちした風を装うのだ。そうして寝ていたら、乱暴者に
「こいつ、寝てやがるよ」
と言われ、かなり本気で頭をはたかれ、私は涙が出るほど痛かったが、堪えていたら、やがて私への注意はそれた。Nくんの修学旅行リタイアの無念さに比べれば、こんなもの痛みのうちに入らない、と私は我慢したのである。

私たちは結局足尾銅山に行った。足尾銅山は洞窟の中は寒い位なので、暑がりの人にはおすすめです。ただ、天井が低いので、私は腰が痛くなった。あと、トロッコ電車が遅くて、歩くくらいのスピードしか出ないので、乗っていてやきもきする。


※小説「余生」第61話を公開しました。
余生(61) - 余生