読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

昨日一緒に飲んだ人がずけずけと物を言う人でうっとうしかった。

私は一方的に言われて「はい、はい」と聞き流すほどまだ彼のことは嫌いではなかったから、というか好きとも嫌いとも態度を決めるほどの付き合いはなかったから、真面目に対応した。それは私にとっては辛口な文言も含まれていたが私はとくに感情的になることもなく、そういう私を「年をとったなあ」とか「丸くなったなあ」と思った。昔やっぱりずけずけとものを言う女がいたが、そのときはイライラしてしまい、カウンターを手で叩いたりした。私は弁は立つほうだと自分では思っているが、上には上がいて、上というかそういう人たちは自分にフィードバックしたりしない。私はどこかでやっぱり「そこまで言う資格が自分にあるのか」と思ったりして、相手をへし折ることに熱中できない。ああいうのは自問自答してはダメなのだ。相手の言うことに神経を集中し、どこかで理屈のほころびを見つけなければならない。

昔音楽をやっていたとき、私はプロになろうと思ってライブハウスに出演したりしたが、その当時は今のように情報が潤沢にあるわけではなかったから、プロになるための道筋とか、自分たちには何が足りないのか、とかそういうのはみんなスタジオのスタッフが知っていると思っていた。初めて都内でライブをやったときのスタッフはXだかのPAをやっていたという人で、終わった後のミーティングでこれでもかとけちょんけちょんに言われた。髪も金髪で人相も悪かったから、私たちは震え上がった。ミーティングは階段の下の物置のような場所で行われ、ようやく解放されて
「ありがとうございました!」
と頭を下げたら上げたときにコンクリートに思いっきりぶつかった。低い天井だったからである。とにかく「ダメだ」と言われたぶぶんを頑張ったが、結局芽は出なかった。本当はぜんぶ無視して、両手手放しのような、寄る辺のない不安な状態じゃなければいけなかったのである。私たちは「不安だ」と思うからすがるべき、という誤ったロジックにハマってしまった。それは学校で先生の言うことをよく聞きすぎてしまったのも関係している。私たちは、いや、私は30過ぎるまでそのことに気づかなかった。

それで大宮のライブハウスのスタッフはとにかくふんぞり返った男で、そのころは私たちも少しはたかがライブハウスの一スタッフが、業界とつながっているわけはないと気づきかけていたが、甘んじて男の音楽論を拝聴していた。いつも私たちの演奏を見た感想を、糞味噌に語るのだが、あるときついに「見てないんだけどさ」と断りを入れた上で、精神論を説きだした。要するに彼はただの喋りたがりだった。私はいよいよ決別のときが来たと悟った。しかしどうやって帰るタイミングをつかむか。いきなりキレて出て行く勇気はなかった。私が逡巡さていると、男はいきなり童謡の「チューリップ」の話を始めた。「チューリップ」の三拍子のグルーブが、とか言っていた。私は直感で「おかしい」と思い、よくよく考えると「チューリップ」は四拍子で、「さ・い・た」の後に一拍休符が入るから四拍子なのであった。すかさず
「四拍子ですよね?」
と突っ込むと男は間抜けに指を折り数えながら、
「あ、そうだね」
と認め、そのまま話を続けようとしたが、流れは完全にこちらに傾いており、
「じゃあ、帰ります」
とあっさり帰ることができた。