意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

(3)iPhoneで書くことのススメ

「それで、ひーちゃんの件なんですけど、来週引っ越しちゃうんですよ。だから、来週、ひーちゃんが最後にくるのは金曜なんですけど、水曜日に、お別れ会をやろうってなって。みんなに「お別れ会やろうよ」て言ったら「やりたい」て言ってくれて」

水曜日はお弁当の日である。ネモちゃんは竹ひごで刺してある冷凍食品の、長細い鶏肉が好物で、いつもそれを私の妻にリクエストする。だから、私も毎日会社ではお弁当を食べているのだが、水曜日はその鶏肉が入っている。しかし、私は刺さっている竹ひごが、手に持つと手が汚れるから好きじゃないのである。
「あ、そうなんですか。でも、来月はおしまい、卒園ですよね? それはまた」
「そうなんですー。だから、その日はミニ卒園式ってことにして、ひーちゃんの分の卒園証書を園長先生に作ってもらうんです」
「いいですね」
「それで、教室の中でもアーチを作って、くぐってもらうんですけど、そこの文字の色ぬりを、私が特命係として、5人選びまして、ネモちゃんもその1人なんです。ネモちゃん、がんばろうね」
「なるほど」
 
ところで私は、ひーちゃんと聞いてもそれが誰だかわからなかったが、名前は聞いたことがあり、ネモちゃんと仲のいい子の1人であった。家に帰ると妻に
「ひーちゃん、引っ越すんだって」
と報告すると、妻は部屋の中を掃除機をかけていた。妻は私よりもずっと薄着だった。妻の体調は、実のところ私が幼稚園に行く前からだいぶ良かった。だから、私がわざわざ会社を早退する必要はなかったのだが、ネモちゃんが幼稚園からいなくなる前に、私にはネモちゃんよりも年下の子供はいなかったから、この先もう幼稚園に来ることもないだろうと思い、そう思うとなんとなく行ってみたかったのである。
 
会社を早退するのは、朝礼の後に課長に頼んでさせてもらった。課長はその2ヶ月あとに、係長に降格させられた。部署内には私以外に6人の同僚がいるから、課長の了解を得ると私は一人一人に、
「娘の三者面談に行かなきゃならなくなって」
と理由を話してまわった。私は不意に自分が片親になった気分になって、段々とそうすることが当然のようなごう慢な気持ちになって、派遣のヤマニシにまで
「すみませんが」
と頭を下げた。確かにヤマニシは私よりも歳上の42歳であったが、私たちはヤマニシを「人間のクズ」と呼んでいた。