意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

今日のできごと(三人称)

飯倉は会社にやってきて、車に乗っているときは雨が降っているときもあったが、到着するとやんで、だから傘は車に置いてきた。多少の雨なら濡れてもよいという判断だった。

今日は暇だったので、最近新しく入ってきた50代の折橋に、飯倉は丁寧に仕事を教えた。紐の縛り方を教えた。たくさん縛った。そしたら、
「飯倉ちゃんは終わりがないな」
と言われ、飯倉は、自分が永遠の命を手にしたように錯覚した。ところで、赤ちゃんという生き物がいるが、赤ちゃんとは生き物ではなく状態を表す名称だから、赤ちゃんという生き物という言い方は誤りだ。とにかく、赤ちゃんについて、飯倉は最近代謝と相対時間について考えているが、つまり、大人になるほど時間が早く流れるという例のアレだが、それは年老いてくるにしたがって、体の代謝機能が衰えて遅くなるからで、つまり昔は1分間に1回の代謝が行われていたとしたら、それが最近では2分に1回になったとしたら、倍の早さになってしまう。ところで、これって何に似てるかと思ったら為替に似ていて、つまり1ドル70円が円高で、240円が円安、というのが、ぱっと見よくわからない。

話は代謝に戻るが、ふと考えを逆向きにして、じゃあ代謝が早くなったらどうなるか、と考えるとそれは時間の流れが遅くなるはずで、いちばん代謝が早いのは赤ちゃんのときで、赤ちゃんの1日は私たちの1週間くらいの感覚で、さらに生まれたてなんて、時間が止まっているのかもしれない。そう考えると、赤ちゃんとして登場した人たちは、もう永久に赤ちゃんなのであり、一方私たちと言えば、最初から大人なのだ。

飯倉が風呂の中でそんなことを考える9時間前、仕事がひと段落すると、やることがないので掃除を始め、やがて使われていない薬品を、一部処分することになった。所長に聞いたら、雑巾に染み込ませてビニールに入れて捨てれば良し、というので、飯倉は先にビニール袋に雑巾を詰めれば、手を汚さずに済むと思い、また実際に口に出すと、先輩社員のNに、
「人それぞれだからな」
と言われた。登場人物の名が急にアルファベットになったのは、名前を考えるのが面倒臭くなったからである。

そして、袋の中の雑巾に薬品をどぼどぼかけていたら、Nが、
「豚子さんにこれかけて、燃しちまうか。でもあいつ、脂肪の塊だから、ふつうに燃えるか」
と言い出した。豚子さんとは太っていている上に仕事もできない事務の女で、仕事ができないかどうかは、仕事で接点のない飯倉にはわからないが、そういう話はよく聞く。Nがどうして豚子さんを燃したいのかはわからないが、そういうことを言って、Nはみんなの人気者を気取りたいのだ。飯倉は後輩だから、以前なら
「そろそろ空気も乾燥してきたからよく燃えそうですね」
と話を合わせたが、先日後輩のHとNの悪口大会になったときに、
「ぼくはああいうのって嫌なんです、人権侵害みたいな」
と言っていて、飯倉はそれに深く同意したので、今回は愛想笑いするにとどめた。関係ないが、飯倉は昔アンビリバボーか、特命リサーチ200Xで見た、人体自然発火現象のことを思い出していた。あれは一説によると、人体がロウソクのようになってしまうためだという。

午後になって日が出てきた。

夕方になったら、
「今日勉強会だよ」
と声をかけられ、上司に確認すると
「忘れてた」
と言われ、飯倉は手を洗って、会議室へ向かった。すると先に行っていたHが戻ってきたので、どうしたのかと尋ねると、
「トイレです」
と言われた。

勉強会では、外部の講師を招いていて、そうしたらその人は中年の眼鏡をかけた短髪の人で、やたらと汗をかく人だった。私たちは誰1人汗などかいていないのに、その人はぼたぼたと滝のように汗をかくかきまくり、顎から垂れた汗が続々とその人のネクタイやスラックスの折り目に吸い込まれ、資料に落ちた汗玉もあった。その資料とはパワーポイントで作られたもので、紙芝居のように前から順繰りに説明されて行き、役目を終えた紙は、男の手によって地面に落とされたので、飯倉は使い捨てなのか? と思った。