昼間こちらのブログを読ませてもらい、そうしたら思い出したことがあったので、書こうと思う。あまり上記のブログとは関係のない話です。
それは小学五年か六年のときの話で、五年と六年はクラス替えもなく担任も同じだったので、五年でも六年でも同じなのだが、私は三組で、その三組でとても馬鹿な女がいた。馬鹿というのは勉強ができないという意味である。そういう意味なら馬鹿というのは相応しくないので、N子と名前をつける。N子は頭が悪く、これは私の勝手な思いこみだが、クラスの頭の悪さベスト3を選ぶときに、必ず女子がひとりそこに入る。一位は絶対に男子なのだが、二位か三位は女子なのである。
私はN子が異性ということもあって、あまり親しくなかったが、当時の私は算数では抜群に成績が良かったが、漢字が全くおぼえられなかったのでよく居残りをさせられ、そこには当然N子もいたので、そこでいくらか会話もしたような気がする。居残りでは当然勉強なんてしなかった。
ある日の算数の時間、宿題のドリルの答え合わせをしているとき、N子が指され、N子は珍しく正解を答えた。
「珍しいこともあるもんだ」
と私は机の上に肘をつきながら、N子の席を見た。N子は窓際のちょうど真ん中の、カーテンの手前の席で、カーテンは風に揺られることなく重く垂れ下がっていた。窓は閉まっていたのである。N子の髪も野暮ったくて重たかった。N子はクラスのメインの女子たちと親しくできず、休み時間もひとりでいることが多かったのである。
そんなN子を、私は前の方の席だったので、振り返るような体勢で見ていた。私は今でこそ寒がりだが、当時はそうでもなかったので、廊下側の席でもへっちゃらだったのである。それに廊下側の席は、冬になるとストーブのそばになって、途端に人気の席になるのだった。
応用問題を淀みなく答えたN子に対し、担任はにわかに不機嫌になって、
「どういうこと?」
とN子を睨みつけた。おとなしいN子は黙っていたが、さらに担任はN子を問いつめる。
「なんで、この問題がわかるの?」
「おかしくない?」
担任は女である。そしてついに
「答え見たんでしょ?」
と、言い放った。N子は半泣きで頷くのが精一杯だった。私のクラスでは、ドリルと一緒にその答えも配られていたが、答え合わせ以外では見てはいけないことになっていた......。
私は今でこそ人の親になって大人になり、そうすると子供が嘘をついているかどうかは簡単に見破れるから、担任が早々にN子が答えを見て宿題をサボったと見抜いたことを理解できるが、小学生の私には、その様子は、無理やり答えを見たことを認めさせたような、暴力によって自白をさせる取り調べのように見えた。いや、当時の私だって「こいつ答え見たかもなァ」くらいは思ったが、それこそなんの証拠もないのに、いきなり半ギレで絡む担任はなんなの? と思った。それは今の私にしたって同じで、あのときなぜ担任はムキになって問い詰めたのか、理解ができない。間違ったことをしたから叱るのは当然、かもしれないが、別に授業の呼び出すとか方法もあるし、何もみんなの前で見せしめみたいにする必要はなかったのではないか。N子にしたって、たまには質問にさらっと格好良く答えたいと思うことはあるだろうし、それなら情状酌量の余地はあるはずだ。
ここから宣伝になって恐縮なのだが、私は今、もうひとつのブログで小説を載せていて、そこには何人もの教師が登場する。私はそれらの教師に対しての、割り切れない思いとか、不公平感とか、そういうのを文章にした。別にそういうことを書こうと思って書き出したのではないが、上記のエピソードを思い出したときに、私は教師に対して、ある一定の反感を抱いているんだということに気づいた。