ナミミの水着のゴムが穴から中に入り込んでしまったので、しばらくゴムを外に出そうと格闘し、それが済んだらこの記事に取りかかろうと思った。ゴム通しなどないから、無駄に時間がかかるし苛々もするが、私はパンツのゴムを通す作業が好きだ。しかも今日のようによく晴れた日にジャックジョンソンを聞きながらリラックスして、パンツの布をぐにゃぐにゃさせて、少しずつじわじわとゴムを前進させていくと幸せすら感じる。最後はクリップを引っ掛けて穴から出した。今のスクール水着は昔のと形が全く違う。
昨夜は友達が結婚をするというので、その配偶者と一緒に酒を飲んだ。友人たちはすでに結婚していた。私は式の招待状を受け取った。昔私が結婚したときに、職場の先輩に招待状を渡したら、その場で返信はがきに書き込んで渡してくれ、それが嬉しかったし、なんか格好良かったので、私も飲み屋のテーブルで、さらさらと名前を書いて、「御著名」の「御」の字を「寿」という字で消して渡したかったが、なんかタイミングが掴めず、最初のうちは名刺みたいに箸の脇に置いておいたが、そこにあるのは私の名前なのでまるで私が私相手に商談しているみたいになってきたので、招待状はバッグにしまった。店員がビールを運んできて、同時に料理の注文をしようと新郎がしたが、店員は
「ちょっと待ってください」
と下がって戻ってこない。どうやら厨房にお通しの前に料理の注文をとっていいか確認に行ったようだ。彼女は新人なのである。店自体の雰囲気は悪くなかったが、壁の向こうに自衛隊だか消防団っぽい盛り上がりをしている席があって、それは嫌だった。狭い店だから、もしかしたらそれは隣の店だったのかもしれない。隣も居酒屋である。
新婦のほうは私と同い年で、都内で仕事をしている。結構ばりばり仕事をしているようで、
「私は31階で働いています」
と言っていた。自然と震災の時の話になった。
「ビルが鉛筆みたいに揺れて、怖かった」
と言った。私は鉛筆? と聞き返した。
「鉛筆、揺れるじゃないですか」
そういって新婦は、割り箸を親指と人差し指で軽く挟み、上下に揺すった。箸が、持ったそばからくにゃっと曲がる。しかしそれは目の錯覚で、鉛筆が本当に曲がっているわけではない。鉛筆はぼきっと折れる。新婦は地震も錯覚なんですよと言いたいのかもしれない。新婦は
「鉛筆は濃いやつほどよく揺れますよね」
と言うので、今の子どもは6Bを使ってますよ、と教えると、とても驚いていた。私たちの時代は4Bが最高だった。6Bじゃ、紐やゴムとおんなじじゃないですか、とか言うのかな、と思ったら言わなかった。
「私たちは、最初は3階に勤めていたんです。マツモトキヨシの上の階でした。それが、あるとき37階に。壁は全部ガラス張りになって、そうしたら派遣の子がみんなやめちゃったんです。「高所恐怖症だから、怖くて行けない」て言って。3人辞めました。でも、本当に高いところがダメだったのはひとりだったんです」
私はそれを聞いて、ダーウィン賞の話をしようかと思った。敏腕弁護士が新人研修の際に、強化ガラスに体当たりをしたら思惑が外れてガラスは砕け、敏腕弁護士が地上何メートルのコンクリートに叩きつけて命を落とすのである。弁護士は「勇気を持て」あるいは「先入観に騙されるな」というメッセージを伝えたくてタックルし、それは過去何回かはうまくいった。しかし同じくガラスに何度も体をぶつけるうちに、ガラスが劣化したのである。
ダーウィン賞とは、間抜けな死に方をした人に、間抜けな遺伝子を残さないでくれてありがとう、という皮肉を込めて与える賞である。結局新婦にその話をするタイミングも逃し、私は終バスで家路に着いた。朝方目が覚めたので、wikiで「ダーウィン賞」を調べると、上記の敏腕弁護士のことは出てこなかったので、私の勘違いだったのかもしれない。しかしNAVERのまとめのほうにはでていた。
小説「余生」第26話から30話をまとめました。
余生(26) - (30) - 意味を喪う